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岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第32回「探してもそこにはいない」

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岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第32回「探してもそこにはいない」

 物心ついた頃から元気の家は貧乏だったが、不幸だと思ったことはあまりない。

 なんといっても、家族仲が良かった。父は病弱で職を転々としたが、穏やかで酒も賭け事もやらず、家族に声を荒げたこともない。母は内職にパートにと働き者で、滅多なことで愚痴も泣き言もいわなかった。姉も元気も、真っ直ぐに育った。

 一家が長く暮らした、田舎町の四畳半と六畳間の古びたアパート。訳ありの人達もいたが、元気の一家は面倒事に巻き込まれたこともない。いや、一度だけあった。

 元気達は二階の角部屋に住んでいたが、元気と姉が小学生の頃、石川家が隣に引っ越して来た。石川の父親は雑な刺青を見せびらかすチンピラで、母親はそんな夫よりヤバいと、アパート住人や近所周りの人達にも敬遠されていた。

 常にカッと見開いた目をギョロつかせ、四十くらいだが陰で出目金ババアと呼ばれていた。いつも刺々しく不機嫌で、些細なことで家族にも他人にも怒鳴り散らしていた。

 中学生の娘は不良っぽく、近寄り難かった。あるとき、その娘が窓から火のついた煙草を捨てた。たまたま敷地内を歩いていた元気と母の足元に落ち、母が二階を見上げて怒った。それは見ていた周りの人達も証言してくれたが、冷静な注意だった。

 ところが窓からいきなり出目金ババアが顔を出し、中身の入ったペットボトルを投げてきたのだ。娘を注意されたのが、気に入らなかったらしい。当の娘は無表情なまま、無言で奥に引っ込んだ。これはさすがに、穏やかな母も階段を駆け上がっていった。

「どっちも当たらんかったけど、ギリギリかすめたよ。直撃したら、ケガしとった」

 出目金ババアはにやにやしながら、手が滑っただけじゃと、とぼけたそうだ。その日から極力、元気達は隣と関わらないようにした。そうこうするうちに石川一家は、まず娘がいなくなったと思ったら、いつの間にか親達も夜逃げのようにいなくなった。

 石川の旦那は刑務所に入っただの、娘は売り飛ばされただの、出目金ババアは熟女風俗店にいるだの、いろんな噂は聞いたが、もはや元気達には無関係な人達のことだった。

 月日は流れ父は亡くなり、姉も元気も中年となり、それぞれ平穏な家庭を築いた。金持ちにはなれてないが、そんな貧乏ということもない。あのアパートは老朽化で取り壊され、母も小ぢんまりしたマンションに移った。

 母がこのところ老齢で弱ってきて、今後について話し合おうと姉が訪ねて来た。居間で久しぶりに姉弟だけになり、何気なくテレビをつけたら、人探しの特番をやっていた。

 様々な事情を抱えて家族と生き別れた人が、テレビの力による捜査を依頼する。再会できるときもあれば、これまた様々な事情からお会いできません、となることもある。

 何人目かに登場した老女を見て、元気と姉は顔を見合わせた。このカッと見開いたギョロ目。かなり年老いて姓も変わっていたが、出目金ババアに間違いない。

 嘘か本当か、初めて出目金ババアの半生を知った。極貧の家に産まれ苦労を重ね、父親の違う子を何人も産んだが、みな亡くなった。しかし施設に預けた最後の子が良家の養子になったと聞き、どうしてもそのただ一人となった我が子に会いたいという。

 司会者もゲストも、出目金ババアの嘘泣きに貰い泣きしていた。絶対に出目金ババアの身勝手さ、だらしなさでそのような生き方をしてきたはずなのに、まるで過酷な運命に翻弄された純情で可哀想な被害者の扱いになっていた。

「捨てた子が金持ちの子になったと聞いて、のこのこ出て来たんか」

「それよりびっくりなんが、えっ、子どもみんな死んだってなによ。あのアパートにおった、不良の娘も死んだんか」

 思わず、母に電話した。母もちょうど、その番組を観ているところだった。

「あそこの娘は、喧嘩の末に母親があの四畳半で殺したんじゃ。夫婦で死体を山に埋めに行ったんも、私ゃ知っとる。筒抜けじゃもん、隣の物音は。お母ちゃんも、死期が近づいたしな。この際じゃから、打ち明けるわ。お母ちゃんは出目金ババアから、お金を貰うとった。いや、子殺しの口止め料じゃないよ。煙草の火とペットボトルの慰謝料じゃ。そういうて、貰うとった」

 母は、出目金ババアが金持ちの子に何食わぬ顔で再会できたら、それも強請っちゃると朗らかに笑った。母が清貧の人ではなく強欲な人だったことに、姉弟は衝撃を受けた。

「貧乏は嫌じゃけぇな、ほんま。それは出目金ババアと、同じ思いじゃわ」

【岩井志麻子先生のプロフィール】

  • 1964年12月5日、岡山県生まれ。1982年に第3回小説ジュニア短編小説新人賞佳作入賞。
  • 1999年『ぼっけえ、きょうてえ』が日本ホラー小説大賞を受賞し、翌年には山本周五郎賞を受賞。2020年現在、作家のほかタレントとしても活躍するマルチプレーヤーに。夕やけ大衆編集とは長年の飲み仲間でもある。
  • 岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第32回「探してもそこにはいない」

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