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岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第28回「カメラに映る父、ベルを鳴らす父」

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岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第28回「カメラに映る父、ベルを鳴らす父」

 中学生の頃まで弘恵は、地方都市のけっこう裕福な家のお嬢さんだった。

 洒落た洋風の一戸建てに、会社経営の父と専業主婦の母と何不自由なく暮らし、そこそこ勉強もスポーツもでき、天真爛漫な性格と愛嬌ある顔立ちでアイドル的存在だった。

 親の来客も自分の友達も多く、玄関ドアの呼び鈴を押す音は弘恵にとってすべて楽しい響きで、その後に現れるのはみんな歓迎すべき人達だった。

 生活も性格も一変するのは、高校に入る少し前だった。詳しい事情はわからないが父の会社が傾き、強面の借金取りだの血相変えた取引先の相手だの、そうなってから発覚した愛人だの、その後ろにいる厄介な関係者だのがやってくるようになったのだ。

 父も母も、呼び鈴とその後の訪問者に怯えるようになった。父は家の奥深くに隠れ、母がおどおどと対応していたが、見る見るうちにやつれて情緒不安定になっていった。

「怖い、玄関のベル、嫌じゃ。怖い人が来る。弘恵、お母さんと遠くに逃げようや」

 楽しい響きの呼び鈴を押してくれる人が皆無になった頃、唐突に父は失踪した。

 弘恵は母の実家に引き取られたが、どうにも居心地悪く、すぐに母と近隣のアパートに越した。貧しい、母子二人の暮らし。呼び鈴を鳴らすのは、宗教の勧誘くらいだった。

 母はパートに出るようになったが、どこにも馴染めず、というよりどこでも使えないと虐められるようで、長続きする職場はなかった。弘恵もすっかり、暗くなった。

「お母さん、もう死にたいんよ。お父さんもたぶん、もう死んどる」

 高校で、友達はできなかった。以前の友達にも会いたくなくて、連絡を絶っていた。

 そんなある寝苦しい真夏の夜、呼び鈴が鳴った。深夜に訪問者があるはずもない。たまたま弘恵は深夜ラジオを聴きながら、試験勉強をしていた。呼び鈴でうたた寝から覚めて、思わず時計を見ずにドアを開けてしまったのだ。 

 弘恵は絶叫した。その後のことは、記憶が混乱している。泥棒が来たが、弘恵に見つかって逃げた、ということになっていた。警察官はパトロールを強化するとだけいって帰っていったが、弘恵はその警察官にさえいえないことがあった。

 そもそも泥棒は、呼び鈴は鳴らさない。母や近所の人は、留守かどうか確かめたんじゃないかといっていたし、弘恵も見知らぬ男だといったが。あれは、生きた父だった。

 しばらくして、弘恵は家出をした。父を探しにではなく、父が怖くて逃げたかった。

 若い女であれば、受け入れてくれる場所は必ずある。家出娘のお定まりのコースをたどり、三十半ばになってようやく、自分だけの部屋を借りられた。

 夜の街に生きる人達だけが暮らす雰囲気の、まずまず新しくて小ぎれいなマンションのワンルーム。あれ以来ずっと弘恵は、呼び鈴が怖いものになっていた。だから彼氏や友達ができても家には呼ばず、宅配や出前もできるだけ利用しないようにしていた。

 もちろん近所付き合いなどしないから、どんな人が住んでいるのかほぼ顔を見たことがない。夜の街で細々と働きながらも、この部屋が居心地いいなと思い始めた頃、明け方に呼び鈴が鳴った。ストーカー的な客かと、スコープを覗いら。……また、父がいた。

 これは完全に幽霊だと、弘恵はまるで海底に沈んだかのような耳鳴りを覚えた。

 しかしそれは錯覚で、父ではなかった。見知らぬ、タトゥーだらけの若い男だった。酒ではなく薬でおかしくなっているようで、意味不明なことをわめいている。

 近隣の住人が通報し、警察官が来た。男はいち早く、逃げ出していたようだ。

 外で騒ぎが起こっている間、弘恵はずっと居留守を使ってベッドに潜り込み、震えていた。部屋の中に、父の気配があった。幽霊だ。外の騒ぎも、父の幽霊も、やがて消えた。

 翌日の朝、警察官の訪問を受けた。自分は外出していて騒ぎを知らなかったと、いい張った。関わりたくないし、警察官とはいえもう訪問してほしくない。

 ところが後日、マンションからごっそり住人が消えた。防犯カメラを分析した結果、昨夜の不審者だけでなく、別の指名手配犯や殺人事件の容疑者、保釈中に逃亡した者などがたくさん映り込んでいたのだ。そして、こういわれた。

「昨夜の不審者とは別に、あなたの部屋の前をうろつく中年の男が映っていますが、心当たりはありますか。呼び鈴を押そうとしては、躊躇っているようです」

 父だ。玄関の呼び鈴を怖がっていた娘を思い出したんかな、と弘恵は少し切なくなった。

 しかし防犯カメラに映っているとしても、やっぱり父はもう死んでいる気がする。

【岩井志麻子先生のプロフィール】

  • 1964年12月5日、岡山県生まれ。1982年に第3回小説ジュニア短編小説新人賞佳作入賞。
  • 1999年『ぼっけえ、きょうてえ』が日本ホラー小説大賞を受賞し、翌年には山本周五郎賞を受賞。2020年現在、作家のほかタレントとしても活躍するマルチプレーヤーに。夕やけ大衆編集とは長年の飲み仲間でもある。
  • 岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第28回「カメラに映る父、ベルを鳴らす父」

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