Catch Up
キャッチアップ

幼い頃に父は失踪したまま戻らず、母と田舎町の小さな家で暮らす佳代は、付き合った男もいたが独身のまま三十になった。母も一人娘に出ていかれるのは寂しいようで、結婚しろとはいわない。佳代も、このまま母とひっそり生きていきたかった。
高校時代からバイトし、そのまま卒業後は就職したパン屋も、ときめきや刺激はないが平穏だった。まさかそんな自分がストーカーに遭い、警察沙汰になるとは。
その暁夫は地味で、良くも悪くも印象に残らず、客と店員としてのやり取り以外した覚えもない。なのに突然、レジのカウンター越しに小さな花束を突き出してきた。
不意打ちに驚き、思わず受け取ってしまったのがよくなかった。受け入れられたと思い込んだようで、次はクッキーの箱を持って来た。
「佳代ちゃんに一目惚れしたんじゃなぁ。別に、害はなかろう」
同僚も、のん気にしていた。ちなみに花束は店のトイレに飾り、クッキーはバイトの女子高生にあげた。突き返すのも怖かったし、ちょっと気持ち悪い、程度だった。
洒落にならない状況になってきたのは、帰りに店の近くで待ち伏せされ、ライン交換しようや、と追われたときからだ。急いでますので、と引きつった笑顔で走って逃げた。
ちょっとした気持ち悪さは、かなりの恐怖に変わった。店長にいうと、気を付けてやるよ、といわれただけだ。守ってもらえない、それもまた恐怖の一つの要素になった。
そして暁夫は佳代の跡をつけていたのか、ついに自宅前までやってきた。
恐怖に固まる佳代に、自分では優しい笑顔のつもりらしい顔で、本を突き出してきた。
「わしが書いたんじゃ。わし、作家なんじゃで。今度、感想を聞かせてぇな」
そのとき初めて、暁夫という名前を知った。本は小説ではなく、暁夫が途上国とされる某国に一年ほど駐在していたときのことを書いたものだと、表紙に説明されていた。裏表紙に略歴もあり、それで実年齢も知った。きっちり佳代の二倍。亡父と同い年だった。
心配させたくなくて母には黙っていたが、思い切って近くの警察署に行った。店長、同僚はもはや当てにならない。母と暮らす平穏な家を荒らされるのは、真に恐怖だった。
その日の夜、テレビで暁夫のニュースが流れた。女性からストーカー被害を相談された警官が警告したら、いきなり殴りかかってきて、公務執行妨害で現行犯逮捕とのことだ。
初めて母に顛末を打ち明けると、捕まってもすぐ出て来るかと、佳代以上に怯えた。
そんな暁夫は職場を転々とした後、地元に戻り、老親の遺産を食い潰して独りで暮らす無職だそうだ。後日、店長に教えられたが、暁夫の本は書き手が金を払う自費出版というやつで、だから暁夫は職業作家ではないといわれた。
少し気になったので、捨てる前に斜め読みしてみた。某国の文化や社会、自身の仕事など、そのすべてに詳しくない佳代にも、浅く薄っぺらと感じさせた。
何より胸くそ悪いのは、同僚達が歓楽街の女性を金で弄んでいるのが許せない、と繰り返していることだ。そういう自分は安い花束や菓子で、娘みたいな年頃の女をモノにできると勘違いしていたのだ。本人は、金の絡まない純愛だとか思い込んでいたのだろう。
さすがに逮捕のニュースが流れた日から、暁夫は店に来なくなった。行きつけの店の女性、としか佳代については報道されてなかったので、店の人以外には知られていない。
重犯罪ではないのですぐ釈放されたはずだが、三カ月くらい何もなかった。次第に佳代も、記憶と恐怖は薄れていったのに。いつものように家に帰ると、暁夫がいた。
台所の床に仰向けになり、胸に包丁が刺さっていた。傍らに血まみれの母が座り込み、
「お宅の娘さんは昔、某国で愛し合った女そっくりで、運命の出会いじゃと。阿呆か」
吐き捨てるようにいった。暁夫の白目を剝いた顔の横に、血まみれの小さな花束と菓子の箱があり、暁夫が持って来たのだろうが、まるで遺体へのお供えだ。
「その某国の女にも、一方的にストーカーしたんじゃろう。もしかしたら、あっちで殺して埋めてきたんかもしれんで。佳代を、あの子の生まれ変わりと繰り返しとったけ」
母は魂が抜けたようなとも、冷静なともいえる態度で淡々と続ける。
「お嬢さんとのことを次の本に書きたい、じゃと。男はほんま、あんたのお父さんも含めて独りよがりの勘違いばっかし。佳代、床下に埋めるの手伝いや。お父さんを埋めたとき佳代は赤ん坊で、手伝わせることはできんかったけどな、今はできるじゃろ」
何より大事な母との、小さな家での平穏な生活を守るため、佳代は黙々と従った。
【岩井志麻子先生のプロフィール】
- 1964年12月5日、岡山県生まれ。1982年に第3回小説ジュニア短編小説新人賞佳作入賞。
- 1999年『ぼっけえ、きょうてえ』が日本ホラー小説大賞を受賞し、翌年には山本周五郎賞を受賞。2020年現在、作家のほかタレントとしても活躍するマルチプレーヤーに。夕やけ大衆編集とは長年の飲み仲間でもある。
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