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千鶴子は、朱美にとって姉みたいな人だった時期もある。母の姉の子で、つまり従姉だ。
母も姉妹の仲が良く、家もわりと近かったので、物心つく頃からしょっちゅう母に連れられて伯母の家に行ったり、伯母が千鶴子を連れて家に来たりしていた。
三つ年上というのは、子どもの世界では相当な開きがある。千鶴子は読書好きでいろんな雑学に詳しく、幼い朱美には何でも知っている大人にすら見えた。
とはいえ千鶴子が中学生になった頃から次第に疎遠になっていき、夏休みや正月くらいしか会わなくなったが、変わらず優しく賢いお姉ちゃんではあった。
そんな千鶴子が高校で、勉強についていけず登校拒否になってしまった。
「姉さんも、しばらく様子見じゃというとる。無理に外に出しても、ええことにならん」
母が父にため息をつきながら話しているのを聞いても、朱美は黙っていた。憧れのお姉ちゃんのそういう話は、あまり聞きたくなかった。
親戚の集まりにも千鶴子は顔を見せなくなり、なんとなくその存在と話題は禁忌のようになった。そうしていつの間にか中退し、本格的に引きこもってしまっていた。
朱美は地元の短大を出て就職し、結婚もしたが夫の浮気で三年で別れた。以来、何度か再婚話も持ち上がったが、なんとなく独身のまま四十路になり、実家の近くで一人暮らしをしながら再就職もした。マイペースで生きるのが、楽になっていた。
久しぶりに千鶴子を見たのは、千鶴子の父の葬儀のときだ。深まる秋の中、地元の葬祭場で会ったとき、それが千鶴子だとしばらくわからなかったほどだった。
一応は喪服も着ていたが、髪もぼさぼさで片時もスマホを手放さず、読経の間も最後のお別れのときも霊柩車に乗せられたときも、ひたすらゲームをしていた。
まだ五十歳にはなってないはずなのに、干からびて老婆のようになっている。
伯母だけが気丈に取り仕切っていたが、親戚だけでなく他の弔問客も、気味悪いものを遠巻きにするようにしていた。母も、なんともいえない顔をしていた。
朱美はそっと話しかけてみたが、スマホから顔を上げず生返事をされただけだった。
そうして葬儀はまだすべて終わってないのに、千鶴子はいつの間にか姿を消していた。
後でわかったが、さっさと家に戻って自室ににこもり、ゲームをしていたという。
さすがに親戚の何人かが、千鶴子の母である伯母に詰め寄った。
「知らなんだ。高校出て働きもせん、嫁にも行かん、ずっと引きこもっとるんじゃと」
「こんなんなるまで、何の手も打たんかったんか」
「真面目な話、旦那が亡くなってあんた、これからどうやってあれと生きていくんじゃ」
伯母は開き直りでも逆ギレでもなく、淡々と答えた。
「それなりに夫の遺した貯金もあるし、私も何でもやって面倒見ますらぁ」
葬儀からしばらくして季節も変わった頃、母から電話で憎々し気に吐き捨てられた。
「お姉ちゃん、貯金だけじゃ心許ないとあの歳でパート始めてな、心労と無理がたたって倒れてしもうた。娘が心配で、入院は嫌じゃというんよ。じゃけどあの家に寝させとったら、死んでしまうわ。そんなんなってもまだあの穀つぶしは、何もせん」
母が、姉である伯母の様子を見に行くようになった。相変わらず千鶴子は二階の自室にこもったまま、お礼どころか挨拶もせん、顔も見せん、と母は怒り続けていた。
母に聞く伯母の容体は、さほど悪化もせず小康状態のようだったが、あるときふとした気まぐれで、伯母の見舞いに行く気になった。千鶴子の様子も、気にはなった。
そして伯母の家をいきなり訪ねたら、思いがけず伯母が出迎えてくれた。あれっ、元気なんか、と目を丸くした。しかし、ひんやりした家の中には饐えた臭いが漂っていた。
「実はな、今度は千鶴子が具合が悪うなったんよ。うちが看病しとる」
顔を見たいといったら、伯母はにこやかにうなずいた。二階に上がってドアを開けると、ベッドに青黒く変色し、干からびた千鶴子がいた。冬なのに、冷房がつけられていた。
脳内が強制終了の画面みたいになった朱美だが、強張る手で母に電話した。
「ああ、知っとるよ。千鶴子ちゃん、死んだんよ。でもな、お姉ちゃんは生きとることにして、世話を続けとる。あの子は、生きとっても死んどっても、変わらんじゃろ。居らんなっても、誰も他人は気づかんしな。」
「お互いに、そばに居りたい、そばに居ってほしい。母娘、願いが叶うて幸せじゃわ」
【岩井志麻子先生のプロフィール】
- 1964年12月5日、岡山県生まれ。1982年に第3回小説ジュニア短編小説新人賞佳作入賞。
- 1999年『ぼっけえ、きょうてえ』が日本ホラー小説大賞を受賞し、翌年には山本周五郎賞を受賞。2020年現在、作家のほかタレントとしても活躍するマルチプレーヤーに。夕やけ大衆編集とは長年の飲み仲間でもある。
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