Catch Up
キャッチアップ
男の刑務所は、犯罪傾向が進んでいない者、累犯、長期刑、反社会的勢力の構成員、等々の細かい分類で振り分けられるが、女はそのような区分がない。ぎりぎり死刑を免れた無期懲役囚から、万引き、寸借詐欺といった短期刑まで一緒くたに収容される。
朱美が二十歳過ぎて初めて薬物と窃盗で二年の服役となり、半年後に出所という頃、カオリは入ってきた。噂でも聞いたし、本人も淡々と答えたが、傷害致死で十年だった。
カオリはすぐキレて暴れるなんてこともないし、名のある親分の身内で睨みが利く、というのでもないが、なんとなくみんなに怖がられ、遠ざけられた。
色黒の肥満体で目鼻口が大きく、痩せれば南洋美人になれるかもしれないが、なんかオッサンみたい、というしかなかった。怒っているのでも不機嫌なのでもないが、自分から話しかけることはなく、誰かに聞かれたときだけ、無愛想に無表情に短く答える。
「仕事してたの」「たまにキャバとか」「生活費どうしてたの」「男から」「風俗もしてたの」「食事つき合うだけ」「ずっと実家暮らしだったの」「友達とシェアハウス」
都内の有名な風俗街にいた女達が、カオリはホームレスで漫喫に寝泊まりして、いわゆる立ちんぼしてるのをよく見かけたといっていた。こちらの方が、信憑性がある。
にこりともせず、会話も続かない。しかもあの容姿。キャバ勤めができるとも、食事だけで金を払う男がいるとも思えない。同居するほどの友達もできないだろう。
キャバ、ただのナンパ、友達との同居、多くの女には現実だったことが、カオリには憧れなのだ。だから芸能人の彼氏がいた、人気ブランドのデザイナーだった、タワマン最上階に住んでいた、みたいな嘘はつかない。そんなのカオリには、まさに絵空事なのだ。
カオリは何を考えているかわからない、どんよりした不気味さ、底知れぬ暗さがあった。
そんなカオリを一目見たとき、この女を知ってる、と朱美は直感した。
朱美が母の再婚相手に性的暴行をされ続けていた高校生の頃、よく先輩の蘭子の家に逃げていた。庭の隅に蘭子のための離れがあり、不良の溜まり場となっていた。
あるとき、新しい彼氏を紹介すると呼ばれたら、当時は人気絶頂だった俳優のKOUに似た彼氏と、初めて会う同い年の子がいた。どんより暗い、肥った家出少女だった。
KOU似は、とても怖い話をしてくれた。今まで聞いたことがない、嫌な話だった。
その後すぐ朱美の母は離婚し、高校もやめて同じ中国地方の隣県に引っ越した。携帯なき時代、すぐに蘭子とも疎遠になり、KOU似の怪談も忘れたが、猛烈に怖かったことだけを覚えていた。ちなみに本物のKOUは徐々に人気が下降し、引退状態になった。
そして刑務所でカオリに会い、絶対あのとき蘭子の部屋にいた子だと確信していった。
以前にも会ってるね、とはいえなかった。KOU似の怖い怪談を、隅々まで思い出しそうだった。カオリは朱美など、まるで眼中にないようだった。あの頃と同じく。
出所後の朱美は不摂生で老け込み、四十代に入って薬欲しさではなく生活苦の窃盗で捕まった。以前とは別の刑務所だったが、なんとここでは蘭子に再会してしまった。
年月が経ちすぎていて最初はわからなかったが、運動時間に隅っこで雑談しているうちに、妙に地元の話など共通するものが多いことから、互いに気づいたのだ。
「蘭子さん、KOUそっくりのかっこええ彼氏いましたよね」
「ああ、あれ。カオリって後輩に殺されたんよ」
「……嘘みたい。昔いた刑務所に、カオリおりましたよ。確かに罪名は傷害致死じゃというとったけど、まさか先輩の彼氏を殺しとったとは」
「そんなあたしゃ、カオリを殺してここに来たんよ」
絶句する朱美を無視し、他の女達がバレーに興じるのを眺めながら、朗らかに笑った。
「カオリに弱みを握られとってな、出所してからもちょいちょいうちに来とった。口止め料、じゃない、小遣いせびられて。もう勘弁してぇな、で殺してしもうた」
KOU似を殺したのは蘭子で、身寄りも行き場もない貧しいカオリに、お前がやったことにしてくれたら出所後は金をやると、罪をかぶってもらったのではないか。
ボールが足元に飛んできたとき、不意に思い出した。KOU似の彼氏は、こうもいった。
「わし、未来が見えるんじゃで。今ここにおる全員が、殺される」
徐々に、怪談の細部を思い出していく。自分が蘭子を殺すのだ。では、自分は誰に殺される。それもあのKOU似の彼氏は、いっていた。そこがまだ、思い出せない。
【岩井志麻子先生のプロフィール】
- 1964年12月5日、岡山県生まれ。1982年に第3回小説ジュニア短編小説新人賞佳作入賞。
- 1999年『ぼっけえ、きょうてえ』が日本ホラー小説大賞を受賞し、翌年には山本周五郎賞を受賞。2020年現在、作家のほかタレントとしても活躍するマルチプレーヤーに。夕やけ大衆編集とは長年の飲み仲間でもある。
この記事の画像
関連キーワード
Linkage
関連記事
-
岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第30回「薄暗い愛の巣」
-
岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第29回「隙間の向こう」
-
岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第28回「カメラに映る…
-
岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第27回「いつまでも可…
-
岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第26回「ゴミ屋敷のア…
-
岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第25回「いなくなった…
-
岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第24回「ストーカーの…
-
岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第23回「暗い交差路」
-
岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第22回「暗い川から来…
-
岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第21回「永遠の短い眠…
-
あの週刊大衆が完全バックアップした全国の優良店を紹介するサイト