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岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第29回「隙間の向こう」

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岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第29回「隙間の向こう」

 不良というほどでもなかったが由香は勉強が嫌いで、地元の高校を出てぶらぶらしていた。二十歳前にさすがに親がうるさくなり、近所のスーパーへ渋々バイトに出た。

 ところがそこで出会った、父親ほど年上の男に妊娠させられてしまう。

「悪だくみをする男じゃなしに、何も深う考えん男なんじゃ。余計、たちが悪いで」

 何よりも親が激怒したのは、夫に妻子があったことだ。由香は身一つで叩き出されたが、怒るというよりあきれ果てた夫の前妻はさっさと子どもを連れて出ていき、由香は夫と正式な夫婦になれた。息子も生まれ、夫は職場を転々としたが、まずは平穏に暮らせた。

 ところが夫はまたしても職場の女に手を付け、そちらの女の方に行ってしまう。

 今さら実家にも戻れず、託児所のある夜の店を転々とした。いろんな男が出入りし、息子は高校に行かず家出した。その頃、父が亡くなったとも知らされた。

 葬儀のため久しぶりに母に会い、二人で町営住宅へ引っ越した。由香も地道な昼間の仕事をするようになり、もう男はこりごりといいながらも、先の不安は付きまとった。

 低所得者層の住むここは、反社会的な人やあからさまな悪党はいないし、事件も揉め事もなかったが、とにかく老人と病人が多く、すべてが停滞している空気感だった。

 自分達もその中に含まれているのは、自覚できた。以前もそんな中にいたが、まだ若さはあったから未来を夢見ることはできたのに。気がつけばもう、五十を過ぎている。

 同じ三階に入っている住人とは顔を合わせれば立ち話くらいしていたが、すぐ隣の住人だけは滅多に顔を合わせることもなかった。母と同じくらいの老婆と、やはり由香と同世代の男が住んでいた。表札で、男が和樹という名前なのもわかっていた。

 長らく勤めをせず老母の年金で暮らし、引きこもっているのも知っていた。その和樹とある時期から、毎日のように顔を合わせるようになった。彼が働き始めた、のではない。

 玄関のドアを細く開け、毎日じっとただ外を伺っていた。最初、目が合った時はぎょっとしたが、互いに無言だった。母も和樹の変な習慣には、気づいていた。

「気味悪いのぅ。話しかけられても、知らん顔しときぃよ」

 春先に季節外れの雪が舞った朝、由香は初めて和樹に声をかけられた。

「あんた、子どもがおるんか」

 思わず、立ち止まっていた。和樹は隙間から、由香を陰鬱な目で見ていた。

「子どもは、遠くに離れとるままの方がええ。会わんかったら、強い気持ちは失せる」

 適当に相槌を打ち、底冷えのする廊下を後にした。以来、一言二言やり取りするようになったが、和樹は決してドアを全開せず、隙間から声をかけてくるだけだ。

 気味悪いが、和樹の家の前を通らずに出入りはできないので、どうしようもない。たまに、宅配業者だけが来ている。奥には和樹の母がいるはずだが、声も気配もなかった。

 ただ、ふっと異臭が漏れてくるときはあった。老婆と中年男、あまり掃除もしないのだろうと他人事ながら憂鬱になった。しかし母までもが、隣が臭いといい出した。

 和樹が顔を出さなかった朝、ドアは閉じられているのに確かな悪臭が漏れ出てきた。しかしドアが閉められたまま、和樹ではなく老婆の声がしたのだ。

「あんた、子どもがおるんじゃてな、早う迎えに行ったりや」

 ああ、はいと由香も返事をした。そして帰宅してみると、敷地内にパトカーが何台も停まり、警官と報道関係者、近所の住人が集まっていた。その中に、母もいた。

「由香、隣のアレが母親を殺してバラバラにして、冷蔵庫に入れとったんじゃと」

 どうも和樹は、母を殺した日から由香に話しかけるようになったようだ。

 自分も冷凍されたかのように、固まった。今朝、隣のお婆ちゃんと話した。とはいえなかった。嘘つきか、頭が変といわれてしまう。幽霊と話したと、認めるのも怖かった。

 すべてが表面的には片付いた後、母が倒れて入院することになった。年内は持たないと宣告された日、どこで調べたか息子から連絡が来た。

 母が恋しい、将来が不安、ではなく、どうも何かやらかして隠れたいようだった。息子を家に入れたら、自分も隣の老婆のような死に方をするのではないか。

 和樹は子どもを入れるな、といっていた。自分のようになると、いいたかったか。だが母である老婆は、子どもを迎えろといった。殺されても母であれ、といいたかったか。

 由香は電話を握ったまま、返事ができなかった。すでに自分から、死臭が漂っている。

【岩井志麻子先生のプロフィール】

  • 1964年12月5日、岡山県生まれ。1982年に第3回小説ジュニア短編小説新人賞佳作入賞。
  • 1999年『ぼっけえ、きょうてえ』が日本ホラー小説大賞を受賞し、翌年には山本周五郎賞を受賞。2020年現在、作家のほかタレントとしても活躍するマルチプレーヤーに。夕やけ大衆編集とは長年の飲み仲間でもある。
  • 岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第29回「隙間の向こう」

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