Catch Up
キャッチアップ
五十を超えた頃から体力の衰えもだが、祐介は眠りが浅くなった。どんなに疲れていても、必ず何度も目が覚める。そのたび、いっそ永遠に眠りたいと憂鬱になった。
荒涼とした独身男の部屋というより、なんだか動物の巣のような陽当たりの悪い一階の角部屋に、気がつけば二十年くらいいる。祐介は特徴的な見た目なので、同じアパートの住人や近所周りには知られているが、友達も彼女もいない。
特に欲しいとも思わず、高カロリーの安い食料を貪っていれば満足なのだった。
若い頃、いや、幼少期からずっと安い高カロリー食で肥満体だった祐介は、顔も厳つい。
その容姿と雰囲気をもってしても番長やガキ大将的な存在になれなかったのは、見た目と反する内気で小心な性質もあるが。
何より本人が、そういう存在でありたくなかったのだ。一応、自身の容姿に自覚はあるものの、本当の自分はすらっとした甘い雰囲気のイケメンで、アイドル的な存在であるべきだと思っていた。現実には、そのような扱いを受けたことは皆無だ。
ともあれ、物理的な存在感はあっても影の薄い祐介は、地元の高校を出て近所の鉄工所に勤めたものの、たちまち使えない奴となり、いじめられてすぐ辞めた。
しかし祐介の家は、遊ばせてくれる余裕はなかった。ネギ畑を背景にした安い木造アパートの一棟を借り切り、祖父母に兄弟、親や親戚といった肥満体ばかりの一族がひしめき合っていた。祐介は、むしろ積極的に孤独を求めて近隣の都会に出た。
都会でいつかイケメンのアイドルになれるんじゃないか、とも夢想しながら。
現実世界の、老けて重厚感のある祐介は、その外見だけで仕事ができそうに思われ、体力や腕力を期待され、思慮深くも見られた。体格も買われて肉体労働に就くが、たちまち期待ほどでないのは露呈してしまう。堅気の仕事は早々に弾かれ、夜の街に流れ着いた。
風俗店スタッフ、ぼったくりバーや裏カジノの店員、それらは祐介に合っていた。髭を生やしてスキンヘッドにして色付き眼鏡をかければ、完全にその筋の人だ。
なんだかんだで扱き使われているうちに、体調がおかしくなり始めた。生来の肥満体に加え、相変わらず脂っこく糖分の多いジャンクな食べ物を貪り、運動はしない。というより、できない。職場の同僚はいても、親身になってくれる友達などはいない。
まずは不眠気味になり、息切れ動悸がするようになった。それでも検診などは行かなかった。面倒だし金も惜しい。そのうちはっきりわかるほど痩せ始め、それを労せずしてダイエットでき、すらりとしたイケメンになれるんじゃないか、と夢見るしかなかった。
だが夜中に全身の鈍痛で覚め、不調がシャレにならなくなった祐介は、掛け持ちしているバーと風俗店に、定休日の後にも一日休ませてほしいと願い出た。さすがの彼らも、祐介のどす黒い顔色や急激に萎んだ体に、店で死なれたら困ると許してくれた。
もうひたすら寝るぞーと、敷きっぱなしの布団に倒れこんだ。その日は、どちらの店も定休日である日曜日だったのは確かだ。好きな漫画本の発売日が月曜日で、目が覚めたらコンビニに行こうと考えながら目をつぶったのだ。
……何か見覚えがある女に、起こされた。よかった、生きとるわ、と叫ばれた。
まだぼーっとしながら起き上がり、その女が風俗店の子だと気づいた。確か彩だ。祐介にはいわれたくないだろうが地蔵顔のデブで、不人気どころか地雷と呼ばれている。
「どうしたんよ~、休みは月曜だけじゃったのに、今日も来ないけん。店長はクビじゃといっとったけど、心配になって見に来たんよ。ああ、よかった」
玄関は施錠したはずだが、裏のサッシ戸が開いていたらしい。いや、それよりも。なんと祐介は、日曜の夕方から火曜の昼過ぎまで寝ていたらしい。
「違うじゃろ。月曜に祐介さんを見た人、たくさんおるで。ここの人らも見とる」
後からわかるが、ぐっすり寝込んでいた時間に目撃者は揃いも揃って、祐介がすらっとしたイケメンと一緒にいた、という。場所はまちまちだったが、どこも確かに祐介の行動半径内だ。しかしそんな男、まるで心当たりがない。夢想の自分としかいいようがない。
結局、無断欠勤も謎のイケメンもうやむやになった。彩は自分を好きなのかと一瞬その気になったが、彩もイケメンを紹介してもらおうとしていただけなのがすぐわかった。
それからしばらくして、祐介はまた無断欠勤した。彩がイケメン目当てにまた来てみれば、祐介は永遠の眠りについて腐敗ガスで膨れ、元の肥満体に戻っていた。
【岩井志麻子先生のプロフィール】
- 1964年12月5日、岡山県生まれ。1982年に第3回小説ジュニア短編小説新人賞佳作入賞。
- 1999年『ぼっけえ、きょうてえ』が日本ホラー小説大賞を受賞し、翌年には山本周五郎賞を受賞。2020年現在、作家のほかタレントとしても活躍するマルチプレーヤーに。夕やけ大衆編集とは長年の飲み仲間でもある。
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