• twitter
  • RSSリーダーで購読する

icon
Popular Keywords
現在人気のキーワードタグ

icon

岩井志麻子

  • TOP
  • エンタメ
  • 岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第18回「疫病よりも悪い貧乏病」

岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第18回「疫病よりも悪い貧乏病」

icon
Catch Up
キャッチアップ

岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第18回「疫病よりも悪い貧乏病」

 香は卒業旅行で初めて訪れたヨーロッパ某国を気に入り、ついに移住して自分の会社も持った。交際した男もいたが、結局は五十過ぎて独身だ。

 そこに至るまでには様々なトラブルにも巻き込まれたが、絶望したことはなかった。何日もパンとチーズだけで過ごしたことも、暖房のない古い屋根裏部屋でコートを着たまま寝たことも、幼い頃に読んだ童話に入りこんだようで、おもしろがってもいた。

 実際、その街は十七世紀くらいからあまり景色が変わってない、といわれていた。

 夫や子どもがいないことを、寂しいでしょう、ましてや異国で不安でしょう、という人もいるが、実は夫みたいな存在はあった。これは誰にもいったことはないが、初めて一人で泊まった現地のホテルで、生まれて初めて幽霊を見た。

 見たというより、感じたというのが正しいか。視覚にも聴覚にも訴えてこず、ただ気配だけを漂わせ、十七世紀に自殺した繊細な寂しがりの青年だと伝えてくる。彼は香に好意は持っていても何もしてこず、ただ引っ越しても必ずついてくる。

 そんな香は見知らぬ異国の幽霊だけでなく、現地人にも日本の友人知人からも頼られる。

 去年、コロナ禍で世界中に様々な不幸や悲劇があった。同窓生の裕子も、どん底に突き落とされた一人だ。裕子の夫は旅行会社を経営し、都心のタワマンに住んで高級車を乗り回し、娘と息子をアメリカとカナダに留学させていた。

 その華麗な暮らしぶりは、SNSでさらに盛られている。学生時代から派手好きで見栄っ張りな裕子を、正直あまり好きではなかった。外国に住む女社長、そんな友達がいるのもまた自慢の一つとして、香は裕子の見栄張りアイテムに加えられていたのだ。

 ところがコロナ禍で旅行業界は軒並み大打撃を受け、裕子の夫の会社も例外とはならなかった。別の同窓生からそんな噂は聞いていたが、裕子本人は見栄を張り続けていた。

 そして裕子と夫は、あっけなく心中してしまう。子どもを二人、外国に放置したまま。

 カナダの息子はすぐに連絡がつき、帰国できた。息子はけなげに、自分は長男だからしっかりしなければならないと、双方の祖父母を慰めているという。

 ところがアメリカの娘は、連絡がつかない。仕方なく、葬儀も片付けもみな娘が不在のまま済ませたそうだ。しばらくして唐突に、香は裕子の親から連絡をもらった。

「すまんが一緒に、孫娘のおる国に行ってくれんじゃろうか」

 外国に行ったことがない田舎町の老親は、娘と友達であり、各国に友人知人がいて外国語も堪能な香を頼ってきたのだった。朴訥な哀願に、香ももらい泣きして承諾した。

 香は、裕子の老親とアメリカに渡った。まずは娘の大学を訪ねたが、授業料を払えず除籍となり、寮も出ていた。裕子の娘の更新が滞ったSNSを探し当て、現地の親しかった友達を訪ねて行った。そこで知ったのは、老いた祖父母には残酷で悲惨な話だった。

 裕子の娘は酒と薬に溺れ、悪い情夫に体を売らされていた。しかも娘が転落したのはコロナが流行る前からで、裕子はこれも親や周りにはひた隠しにしていたようだ。

 男は不法滞在の外国人で、現在の所在は不明。娘が一緒かどうかも、わからなかった。

 ──あれから一か月。裕子の娘は依然として行方不明だが、香は裕子の老親とはときおり連絡を取り合っている。老親は、交互にこんなことをいうようになった。

「孫娘も、死んどるかもしれんなぁ」

「夢に出てくる裕子と孫の色合いや雰囲気がそっくりで、同じ場所におると感じるわ」

「孫娘もあきらめた今じゃからいうけど、裕子は香さんをあまり好きではなかったようじゃ。元々お嬢様で、異国での貧乏すら楽しんどる様子に、劣等感を刺激されとった。うちらも裕子の旦那と同じく、会社経営にしくじっとりましてな。いろんな援助を受けて娘は大学にまでやったけど、裕子は生涯、貧乏を憎み続けた。というより貧乏人と、元からの金持ちを。貧乏人に戻ることは、死ぬよりつらかったんじゃろ」

「それに旦那さんは、筋の悪い所から借金しとったようで。地の果てまで追われて嬲り殺されるより、それこそコロナ感染より、まだましと思える楽に死ねる方法を選んだ。というより、選ばざるを得んかったのかもしれんな」

 香もこの頃、家にいる幽霊がふっと、見えかけるときがある。何度も危機は潜り抜けたが、会社経営に行き詰っているのは香も同じだ。若いときは未来への希望と体力でがんばれたが、この歳で貧乏に向かうのはつらい。ふと、彼のいる世界に行きたくもなる。

【岩井志麻子先生のプロフィール】

  • 1964年12月5日、岡山県生まれ。1982年に第3回小説ジュニア短編小説新人賞佳作入賞。
  • 1999年『ぼっけえ、きょうてえ』が日本ホラー小説大賞を受賞し、翌年には山本周五郎賞を受賞。2020年現在、作家のほかタレントとしても活躍するマルチプレーヤーに。夕やけ大衆編集とは長年の飲み仲間でもある。
  • 岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第18回「疫病よりも悪い貧乏病」

icon
Linkage
関連記事

icon
FANZA新着動画
特選素人娘マル秘動画

FANZA新着動画一覧 >>
icon

このサイトにはアダルトコンテンツが含まれます。18歳未満の閲覧を禁止します。当サイトに掲載されている画像、文章等の無断転用・無断掲載はお断りします。
ご使用のブラウザによってはご閲覧いただけないサイト内のコンテンツがある場合もございますのであらかじめご了承の上ご閲覧ください。

Copyright(C) 夕やけ大衆 All rights Reserved. 風営法届出番号 第8110800026号

当サイトにはアダルトコンテンツが含まれます。
18歳未満および高校生の閲覧を禁止致します。

ENTER
LEAVE