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岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第20回「貧しくてもそれは夢」

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岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第20回「貧しくてもそれは夢」

 貧乏すらネタになると、十代の頃の達也は勘違いしていた。売れなかった、苦労したことは物語になるし、きっとほろ苦くも甘美な思い出になると信じていた。

 地方の田舎町で生まれ育った達也は、お坊ちゃんではないにしても真っ当な親の元で特に問題なく育ち、学業もスポーツも平均的にでき、見た目も悪くない。

 持とうとすれば劣等感や疎外感は何だって持てるが、普通であることが最大のそれなのだから、やはり達也は恵まれていたのだ。だから、まずは「売れない芸人」を目指してみることにした。さすがに、自分が大スターになれるとは夢想できなかった。

 真の苦労人や理不尽に虐げられてきた人達が聞けば殴りたくなるだろうが、達也なりに苦悩も煩悶もしていた。それでも大学だけは卒業するあたり、やっぱり普通の子だった。

 就職せず家出同然に上京してお笑い芸人を目指す、それを実行したのが最大の冒険で親不孝だ。養成所に入って修行しながら、わざわざきつい肉体労働や非合法すれすれのことにも手を出した。だが現実に売れないことと貧乏は、甘美なものなどではなかった。

 朝から晩まで金のことを考えているのは憂鬱だったし、養成所に併設された舞台に立っても才能がないと突きつけられるだけなのは、存在そのものを否定されるようだった。

 全員ではないが、養成所やバイトの仲間も人にたかり、嘘ばかりつき、ちょっといい目にあった仲間の悪口をいい合う。ちゃちな虫籠の中で、弱い虫同士が食いあっているようだった。気がつけば二十五歳になり、そろそろ故郷に戻ろうかな、と弱気にもなった。

 そんな達也に近づいてきたのが、母親より年上のヨーコだった。田舎町の普通の主婦だったが、このまま普通のオバサンで終わりたくないと、家族を残して出てきたという。見た目は本当に普通のオバサンで、安いスナックでバイトし、それが本業となっていた。

 達也は、そんなヨーコに惚れられてしまった。正直、女として欲情するのはきつかったが、なんといってもヨーコは食べさせてくれる。差し当たり、金の心配はなくなった。

 それまで住んでいたヨーコほどの築年数のアパートから、ヨーコの住む平成に建ったアパートに転がり込み、とりあえずバイトをせず芸に打ち込め、のん気にパチンコやゲームもできるようになった。ヨーコは熟女風俗まで兼業し、達也を支えてくれた。

 いずれ売れたとき、年上の女に食わせてもらってた、なんてのも苦労エピソード、ネタとしてのクズ男っぷりになるな、とも計算したが。次第に、ヨーコとのだらだらした日々がつらくもなってきた。ヨーコも完全に、ヒモを養うためだけに生きているし。

 ヨーコこそ故郷に戻って、旦那や子どもが許してくれるかどうかはわからないが、戻れるなら戻ったほうがいいんじゃないかと、真摯にヨーコを想って別れを告げた。

 お気に入りの花柄の服を着たヨーコは、あたしもあんたに大事な話があったんよ、とだけ告げて店に出て行った。まさか達也が寝入っているうちに戻り、首を吊るなんて。

 不審死なので警察も来るし、はっきり取り調べといっていいものも受け、親にも知られ養成所にもばれ、もうヨーコの後を追いたいとまで追い込まれた。

 すぐに事件性なしの自殺と断定され、ヨーコの息子達が冷静に後始末し、達也も故郷に戻れた。普通の人として生きる幸せを、皮肉なことにヨーコによって噛み締められた。

 それから達也も地元で勤めて結婚して子どももでき、気がつけば死んだヨーコの歳を追い越していた。たまたま仕事でかつて住んでいた町に行くことになり、ふとヨーコと暮らしていた場所を訪ねてみる気になった。

 アパートは取り壊され駐車場になっていたが、商店街はあまり変わりなかった。ここで二人、よう買い物して飯食うたな。ぼんやり懐かしんでいたら、妙なものが現れた。

 花柄の派手なワンピースが、ふわふわっとどこからかやってきて、楽しそうに駆け回ったのだ。見えなかったが、中身があった。手足や頭が、動いているのもわかった。

 とにかく楽しそうに達也の周りを舞い踊った後、またふっと消えてしまった。

 涙があふれた。立ち尽くす達也の横に、見えない誰かがまた立った。ヨーコだ。そのヨーコを通して、昔の二人が暮らしたアパートがはっきり見えた。

 そのとき、ヨーコが最期に伝えたかったことも伝わってきた。あまりにも脱力するネタ、ギャグだった。なのにヨーコは必死に、それを達也にネタとしてくれようとしてたのだ。「おもろいでヨーコ。もらったで、そのネタ」

 そう笑って拍手し、ヨーコと昔の自分に背を向けた。

【岩井志麻子先生のプロフィール】

  • 1964年12月5日、岡山県生まれ。1982年に第3回小説ジュニア短編小説新人賞佳作入賞。
  • 1999年『ぼっけえ、きょうてえ』が日本ホラー小説大賞を受賞し、翌年には山本周五郎賞を受賞。2020年現在、作家のほかタレントとしても活躍するマルチプレーヤーに。夕やけ大衆編集とは長年の飲み仲間でもある。
  • 岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第20回「貧しくてもそれは夢」

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