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雅彦が遊び仲間に連れられて行った、スタッフも値段も庶民的なガールズバー。
ギャルっぽくしていても、たぶん三十代半ば、同い年くらいと思しきマリンという雇われ店長。カウンター越しに、秘密を打ち明けるように話しかけてきた。
体臭と口臭が、中年ぽい。たぶん、故郷も近いんじゃないかという訛りがあった。
「故郷の幼なじみの智美は、七つか八つ離れたお姉さんがおってね」
マリンによると智美は地味な子だったが、お姉さんは田舎町ではかなり目立っていた。
高校を中退して繁華街でいかがわしいことをしている、みたいな噂もたくさんあった。
そんな子、わしの故郷にもおった。雅彦も遠い目になる。わし自身も、そんなもんか。
夏の名残がある狭い店内は、エアコンとは違う生臭さの混じる風が吹いている。マリンの腕には、煙草の火傷跡が点々とあった。ちゃちな刺青を消した痕も。
さて智美のお姉さんは、子どもには早いあけすけなエロ話もよくしてくれたが、「妙にスピリチュアルじゃオカルトじゃ、そっち系にも詳しかったような」
どこまで本当かわからない、いや、今から思えばほとんど嘘っぽい。私は背後霊も未来も見えるだの、呪いをかけられるだの、怖い系の話もよくしてくれた。
そして智美とマリンが小学校を出る頃、お姉さんはいなくなった。東京に行ったと智美はいったが、理由は曖昧だった。妹にも、よくわかってないようだった。いや、妹はわかっていて隠した、嘘をついたのかもしれない。
周りの人が、盛んに噂した。金持ちの愛人になった、芸能界デビューするらしい、ヤクザから逃げているだけで実は隣町にいる、等々。当時はそこまで、ネットは発達してない。
いなくなって十年近く、智美のお姉さんはまったく地元では目撃されなくなった。
「なのに智美は、今お姉ちゃんが帰省しとるとか、東京のお姉ちゃんちに遊びに行くとか、いうんです。当時の私は家庭のことや彼氏のことでいろいろ悩んでいて、お姉さんに霊視してほしい、占ってほしいと智美に頼んだんじゃけど」
はぐらかされるばかり、だった。その頃、マリンもすべてを吹っ切ろうと上京した。
「お祖父ちゃんの葬儀で久しぶりに故郷に戻って、智美に再会したんじゃけど。びっくりしたのが、あの地味な子が記憶の中のお姉さんそっくりになっとったんです」
それを、マリンは智美にいった。すると智美は、自分には姉なんかいないというのだ。
「誰かのお姉さんと勘違いしとる、なんて真顔でいうんです。そんなわけないといっても、私ら智美のお姉さんとの写真は一枚もなく、記憶の中にしかおらんのも事実じゃ。お姉さんの元同級生もおるはずじゃけど、私ら歳が離れとって親しい人はおらんし」
智美のお姉さんは上京したといった頃に殺され、自宅の周辺にでも埋められているんじゃないか。雅彦がそう感じた途端、マリンはその心を読んだかのように囁いた。
「智美の、あのとぼけ方。お姉さん、死んどんじゃないんか。それも、とっくの昔に」
なんともいえない、もやもやした思いが残った。雅彦は今でこそ堅気の仕事に就いて地道に暮らしているが、地元にいた頃はかなりのワルだった。地元を仕切る反社会的組織の準構成員として、毎日のように大小いろいろな悪事を働いていた。
雅彦も家庭はやや貧乏くらいで問題はなかったが、ワルの集まる高校で先輩や同級生に取り込まれていった。親兄弟とは衝突もしたが、やがて放っておかれるようになった。
女もたくさん、ひどい目に遭わせた。近郊の風俗店に売る、なんてのはまだましな方で、海外の怪しい金持ちや臓器移植ブローカーに売ったりもした。なんとなく雅彦は、マリンにも智美にもその姉にも、関わっていたような気がしてきた。
足を洗ったのも、次第にどこで誰に恨まれているかわからないことが怖くなったからだ。
暗闇で半殺しにされた。物陰で顔を刺された。家に放火された。親も脅された。どんなに稼いでも金は出ていくばかりで、四畳半に隠れ住んで栄養失調にもなった。
生きた者も怖いが、死んだ者がまとわりついてくるのも怖い。義眼になった左目に、智美の姉らしき女がふっと映った。引きずるようになった片足にも、女の手がしがみつく感触がある。それまで隣にいて、お目当ての子としゃべっていた仲間が振り向く。
「わしを、最近になって知り合うたと思うとるなら大間違いじゃで。昔も、会うとる」
固まる雅彦の背後で、マリンも声を震わせた。
「やだ、なんで男のくせに、智美のお姉さんの声でしゃべっとるんよ」
【岩井志麻子先生のプロフィール】
- 1964年12月5日、岡山県生まれ。1982年に第3回小説ジュニア短編小説新人賞佳作入賞。
- 1999年『ぼっけえ、きょうてえ』が日本ホラー小説大賞を受賞し、翌年には山本周五郎賞を受賞。2020年現在、作家のほかタレントとしても活躍するマルチプレーヤーに。夕やけ大衆編集とは長年の飲み仲間でもある。
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