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岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第10回「夢の中の怖い家」

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岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第10回「夢の中の怖い家」

 ときおり、見知らぬ自宅の夢を見る。それはたいていの人に、あることではないか。

 現実に住んだこともない家ばかりだが、夢の中では自分の家だ。平凡なマンションだったり、古い日本の農家だったり、異国の水上家屋だったり、いつも違っている。

 エアコンなどない夏を過ごし、石油ストーブをつけて炬燵に入っていても、なお隙間風で薄ら寒い。それが貧しい家に限らず、当たり前だった時代に尚子は生まれ育った。

 特に貧乏を味わったこともないはずの尚子も、自分の家ではない自分の家の夢を見続けてきた。ただ、その家はいつも同じだ。本人が少女から中年女になっても、その家は古びないし傷まない。もともと古くて、傷んでいるからだ。

 陽の当たらないじめじめした、共用の廊下というか通路がある。天井には、血管みたいにいろんな電線やパイプがごちゃごちゃに張り巡らされ、絡み合っている。

 両脇の塗料が剥げた石の壁には、いろんなドアが並んでいる。赤い鉄製もあるし、素朴な木もあるし、鋼鉄の頑丈な牢獄のそれみたいなものもある。

 尚子の家は、緑色のペンキを雑に塗った鉄製だ。三階にあって、壁も床もくすんだオレンジ色で、赤い神棚みたいなのが祀ってあり、狭い窓のない部屋に二段ベッドがある。

 部屋の隅の土間に、赤いたらいと錆びたバケツ。赤いのが風呂、バケツがトイレ。隅の壊れた鉄鍋にも、何か汚物が溜まっている。その脇に、鼠の死骸が転がる。

 尚子は普通の小ぎれいな郊外の一戸建てに生まれ育ち、そんな家など行ったこともない。

しかし、異様に生々しい。その家は絶対、どこかにあると信じていた。

 尚子の父は地方で小さな会社を経営し、母は一回りほど父より若い。母はきれいで、尚子と姉妹に見えるというのが、まったくのお世辞にならないほどだった。

 そんな親にも、夢の話はできなかった。別に怖い夢ではないのに。

 実は尚子の母は、近隣の国の出身だ。父が出張し、出会ったという。母は母国に家族がなく、父の親や親戚はかなり結婚に反対したが、尚子が生まれると態度を軟化させた。

 親にいえなかったのは、その家がもしかしたら母の実家だったのかも、という気がしていたからだ。いつから、そんな想いを抱くようになったかはわからない。

 なんとなく母の出自や生い立ちは、耳に入ってきていた。母に、母の幼い頃や若い頃の写真は一枚も見せてもらっていない。日本に来てからの写真ばかりで、尚子は母の国にも行ったことがないし、挨拶の言葉くらいしか知らない。

 すぐに父の故郷の方言も覚えた母は、時おり自身の本物の故郷の話もしてくれた。貧乏な話は、すべて異国のお伽話のようだった。

「鼠や蛙、蛇まで捕まえて、食べとったんよ。子どもの頃から、近所の店や工場で働いとったわ。沸かした井戸水を使うて飴を作ったり、古着を繕うて売ったり、日本の人気キャラクターの偽物の玩具を組み立てたりしてなぁ」

 いつからか、母の記憶が自分の記憶に混ざっているんじゃないかな、という気がしてきていた。毒々しい飴の色、血の汚れがこびりついた古着、本物にあまり似てなくて可愛くないキャラクター人形の、左右の位置がずれた目。それらもちらちら、夢に出てくる。

 その夢の中で怖い部分があるとすれば、ベランダに誰かが倒れている気配があることだ。 尚子が生まれる前に死んだ、母の両親。どちらかがどちらかを、殺している気がする。

 あるとき、夢に見る家をなんとなくノートに描いてみたら、いつの間にかベランダが塗りつぶされていた。母がやったんだ。薄目で尚子をうかがう母を見て、気づいた。

 父が死んだ後、尚子は二度の離婚を経験し、そのたび実家に戻った。母は口うるさいことは何もいわず、故国の鼻歌を歌っていた。父の遺したお金で、どうにか生活はできた。

 そうしてある日、母はふっといなくなった。あらゆるものを、そのままにして。故国のあの実家に、戻ったんだろうか。そういえば、久しくあの夢を見ていない。

 寂しさの中で尚子は、筋のよくない男に惚れた。母と同じ国の血を引いている男に貢いでだまされて、五十も過ぎた尚子はとうてい返せない借金を追わされた。

 そして、久しぶりにあの家の夢を見た。ベランダに、愛しい男が血まみれで転がっている。お母ちゃん助けて。ふと口をついて出た言葉は、母の故国のものだった。

 目を覚ませば、このなつかしい家は消え失せ、本物の自宅のベランダに怖いものがあるのを見てしまう。目覚めたくない。ずっと、夢の中の家にいたい。別の死体があっても。

【岩井志麻子先生のプロフィール】

  • 1964年12月5日、岡山県生まれ。1982年に第3回小説ジュニア短編小説新人賞佳作入賞。
  • 1999年『ぼっけえ、きょうてえ』が日本ホラー小説大賞を受賞し、翌年には山本周五郎賞を受賞。2020年現在、作家のほかタレントとしても活躍するマルチプレーヤーに。夕やけ大衆編集とは長年の飲み仲間でもある。
  • 岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第10回「夢の中の怖い家」

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