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岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第12回「追い続ける逃げ続ける」

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岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第12回「追い続ける逃げ続ける」

「あれからもう、三十年か。まだまだ。もっと遠くに逃げんと、追いつかれるわ」

 今日子は、そうつぶやく。追いかけられる、追いつかれる、その恐怖を思えば、ふと背後を振り返ってみたくなるものだ。けれど今日子は、まっすぐ前を見すえる。

 ふっと、嫌なものが見えそうになる。怖いものは、あっちから来る。

 結婚も、もう十年近くになる。小ぎれいな都下のマンションで、子どもはいないが家事を完璧にこなし、堅実な会社員の優しい夫と趣味のスポーツや食べ歩きを楽しむお洒落な今日子を見て、極貧の悲惨な生い立ちを想像する人は皆無だろう。

 中国地方の田舎町に、陰鬱な家の末っ子として生まれた。物心ついてから、父が働いていたことはなかった。朝から酒を飲み、というより、酒が体内に入っていないときはなかった。常に不機嫌で、家族全員を平等に殴った。

 母は杖なしでは歩けず、国からの保護費で生活は成り立っていた。そうして父は今日子の二人の姉を、女として扱っていた。二間しかない家に、居場所も逃げ場もなかった。

 中学の二年生と一年生だった姉達は、交互に父の肉欲の相手をさせられていた。幼稚園児だった今日子にも、性的虐待はたびたびあった。母はすべて見て見ぬふりで、二人の兄は父によるそれが始まると、怖がって家の外に逃げたり隠れてたりしていた。

 いずれ自分も、あれをさせられる。それは早いうちに予想していた。嫌だったが、逃げる術などなかった。家族は皆、目前に迫る父の暴力から逃れることだけを願っていた。

 上の姉は中学卒業を待たず男友達と家出し、今もって消息不明だ。下の姉の由紀子はテレクラにハマり、それを駆使して見知らぬ男達に小遣いをもらっていた。

 そうして夏休み前、全国ニュースで報道される事件は起こる。その日のことは、時系列は乱れているものの、断片的にはすべてが鮮やかだ。

 由紀子はテレクラで知り合った男の車に乗せられ、車内で殴られ手錠をかけられる。そのまま高速道路に出たが、由紀子は恐怖のあまり走行中の車のドアを開けてしまう。男の車は走り去ったが、転がり落ちた由紀子を後続のトラックが轢き殺してしまった。

 由紀子が死んだ夜、今日子は兄達とくっついて眠り、みんな同じ夢を見た。父は飲んだくれて台所で足腰立たなくなっていて、母は遺体安置所の由紀子に付き添いに出ていた。

 夢の中に出てきた、平坦な白い道。今日子の周りには兄二人と母、上の姉もいた。

「うち、一人で死ぬんは寂しいがん。誰か一緒に来てぇな」

 真っ二つに割れた顔で叫び、すごい速度で由紀子が正面から飛び出して迫ってきた。兄姉と今日子は必死に逃げたが、足の不自由な母は転んでしまった。

「お母ちゃん、逃げ遅れたな」

 つぶやいたのは夢の中ではなく、現実世界でだ。母は、由紀子が安置された病院の屋上から飛び降りた。由紀子に連れていかれたと、子ども達は今も信じている。

「お父ちゃんが夢の中に居らんかったんは、由紀子姉ちゃんもお父ちゃんに来られるのは、死んだ後も嫌じゃったんなぁ。お父ちゃんは、呼ばんかったんじゃ」

 子ども達は別々の施設に引き取られ、そこから家族の縁はすべて切れた。今日子は施設を出て上京し、過去を隠してとにかく地道に生きた。

 今の夫にも、親を早くに亡くした一人っ子といってある。夫は妻が語りたがらない過去と、写真の一枚もない親について何かを察知したかもしれないが、黙っていてくれる。

 夫もさすがに、あの事件の子の妹だなどと、そこに結び付けることはできないでいた。

 幼少期を振り返れば、今は途方もなく豊かで平穏な日々ではあるが、子どもは作らないようにしている。夫は欲しがるが、こっそり経口避妊薬を飲んでいる。

 未だに、ふっと思い出したようにあの夢を見る。傍らからいつの間にか上の兄がいなくなり、下の兄も消えた。たぶん兄達は、由紀子に連れていかれたのだ。父はとうに野垂れ死んだろうが、由紀子とは違う闇に行っただろう。

 夢の中の由紀子は、今日子に真っ直ぐ向かってくる。今のところ、うまく逃げおおせている。子どもができたら、由紀子に連れ去られる気がする。

 ただ、由紀子は顔の傷が夢の中でだんだん治ってきている。最初は真っ二つに割れていたのに、この前はほとんど顔が元通りになっていた。ただ、笑顔は微妙にずれていた。

【岩井志麻子先生のプロフィール】

  • 1964年12月5日、岡山県生まれ。1982年に第3回小説ジュニア短編小説新人賞佳作入賞。
  • 1999年『ぼっけえ、きょうてえ』が日本ホラー小説大賞を受賞し、翌年には山本周五郎賞を受賞。2020年現在、作家のほかタレントとしても活躍するマルチプレーヤーに。夕やけ大衆編集とは長年の飲み仲間でもある。
  • 岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第12回「追い続ける逃げ続ける」

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