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岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第3回「見知らぬ恩人」

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岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第3回「見知らぬ恩人」

 上京して専門学校に通っていた頃の恵は、古びた木造アパートの六畳一間に住んでいた。

 田舎の親は、娘が都会に出ることもテレビ業界を目指すことも反対していた。自宅から通える堅実な会社に勤め、地元の同じく堅実な男と結婚してほしかったのだ。

 親は祖父母の世話もしていたし、弟妹もまだ幼く、娘に仕送りをする余裕はなかった。

 あの頃の恵は、夢のためなら貧乏など怖くないというより、貧乏など慣れ親しんだものだと思っていた。親もよく、うちは金持ちじゃねぇからな、といっていた。

 テレビの中の豪邸や別荘、雑誌に載っている都会で流行りの服や高級レストラン、海外旅行、バレエにバイオリンといった高い習い事など、自分も周りも誰も縁がなかった。

 とはいえ田舎なので持ち家だし、父の車もあった。家電も一通り揃い、三食ちゃんと食べられた。雑誌やお菓子も買ってもらえ、盆暮れには服も靴も新調してもらえた。父は駅前のパチンコ店や飲み屋に行っていたが、借金を作ったなんてこともない。

 金持ちから見れば貧乏人だが、真の貧困者からは豊かといっていい暮らしぶりだった。

 それは恵が、都会で一人暮らしをするようになって思い知る。バイトを掛け持ちしても、家賃に光熱費に学費を払うのが精一杯、贅沢品や嗜好品はがまんするしかなかった。

 あの頃はまだ携帯も普及しておらず、条件がいいバイトを探すのも一苦労だった。テレクラという見知らぬ男女の出会いの手段などもあったが、それには踏み切れなかった。

 金がないと一日中、金のことを考えている。勉強も夢も、吹き飛びそうになる。

 縁あって、同郷のママがやっている近所のスナックでのバイトは始めた。客も近所周りの気さくな人達で、しかし昼間より時給はよくて一息つけた。

 ある日の、帰り道。飲んではいたけれど、そんな足元が危ういほどではなかった。不意に背後から男に抱きつかれ、地面に押し倒された。声も出せずまったく抵抗もできず、ただもう固まっていた。あちこち触られ、どこかに引きずっていかれそうになった。

 頭が真っ白ではなく、頭に鉄板が入ったみたいな感じで、とにかく思考や動きすべてが停止した。短い間だが死をも予感し、覚悟した。異様に月が赤く、巨大に見えた。

 何が何だかわからないうちに、もう一人の男が現れた。その人が悪い男を殴りつけ、恵から引きはがしてくれた。悪い男は逃げていき、助けてくれた男に抱き起こされた。

 近くの交番にも連れて行ってもらえたし、保護者みたいに付き添ってくれた。

 父親くらいの年頃の彼は、好きな俳優にちょっと似ていた。命の恩人といってもいいくらいの彼に、後日お礼に行きたいからと住所や名前を教えてもらった。近所といえば近所、くらいの距離感だった。無愛想ではないが、無口な人だった。

 腕に、ちゃちな犬か狼の刺青があった。それすら、頼もしいものに映った。

 手土産を持って訪ねてみると、何の変哲もない団地の一角に彼の家はあったが、呼び鈴で出てきたのはまったくの別人だった。恵の祖父くらいの年頃で、顔も体格もすべてが違う。なのに、あの彼が名乗った安田裕史という名前を名乗ってもいる。

 恵が、あなたの名前を名乗る人に助けられたといっても、そんなこと知らないと困惑された。恵は、そうですかと帰るしかなかった。改めて警察に問い合わせたら、やっぱり昨日の彼は安田裕史という名前と、あの団地の住所をいっていた。

 なんだかもう、わけもわからないままになった。結局、恵を襲った男も捕まらなかった。

 親には心配させないよう、連れ戻されないよう、黙っていた。

 それから月日は流れ、テレビ制作会社に就職できた。三十を越える頃には、マンションといってもいい部屋に暮らし、そこまで日々の暮らしに追われることはなくなったが、なんだか元の田舎暮らし程度の生活にやっと戻れた、というだけのような気もした。

 四十近くなり、事件も男も忘れかけていた頃。仕事で、行旅死亡人を調べることになった。身元不明のままの遺体だ。データベースを見ていたら、以前の家の近くが出て来た。

 よみがえる悪夢もあったが、それより驚愕したのが、あの助けてくれた安田裕史の家で、身元不明遺体が見つかっていたことだ。すでに白骨化しており、年齢や生前の顔立ち、体格も不詳となっていた。あの刺青など、とうに溶けて消えてしまっている。

 おそらく、どちらかが他人になりすましていたのだ。助けてくれた彼なのか、そこに住んでいた人なのか。どっちが成りすましで、どっちが安田裕史本人なのか。いずれにせよ、そこには想像を絶する真の貧困といったものが横たわっているのはわかった気がする。

【岩井志麻子先生のプロフィール】

  • 1964年12月5日、岡山県生まれ。1982年に第3回小説ジュニア短編小説新人賞佳作入賞。
  • 1999年『ぼっけえ、きょうてえ』が日本ホラー小説大賞を受賞し、翌年には山本周五郎賞を受賞。2020年現在、作家のほかタレントとしても活躍するマルチプレーヤーに。夕やけ大衆編集とは長年の飲み仲間でもある。
  • 岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第3回「見知らぬ恩人」

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