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岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第7回「前世は花魁」

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岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第7回「前世は花魁」

 啓太には切り捨ててきた暗い過去と、ただ過ぎていくばかりの味気ない現在と、ぼんやり澱んでいるだけの未来がある。どれも、生まれ故郷の夜の雑木林みたいな色合いだ。

 昭和四十年、なだらかな山野の広がる田舎町に生まれた彼は、地元の中学に通う頃までは普通の子だった。その町では豊かでも貧しくもない家で、父と母と妹と暮らしていた。

 町内では、父だけが厄介者として知られていた。正式に反社会的組織に所属したことはないが、常にそういった組織の周辺をうろついていた。近所で小火や盗難があれば真っ先に啓太の父が皆の頭に浮かんだが、後難を恐れて誰も外では口にしなかった。

 異様な目つきと崩れた格好で町なかを徘徊し、誰彼かまわずにらみつけて口を歪めていた父の風体は、啓太の追憶の中で陰鬱な故郷の景色と一体化している。

 傍目には、啓太の父が成功者や名士になりかかっていた頃が、実は崩壊の始まりだった。

 ある処分場の建設計画が持ち上がり、町民の大半が反対する中、請け負った業者側に啓太の父は手先の一人として使われ、結果として処分場は誘致が決まった。

 父は業者側の後ろ盾を得て町会議員になり、ある部門の責任者の職も与えられた。調子づいた父は、夜の街で見初めた若い女を家に入れ、啓太の母を身一つで追い出した。

 若い妻を得た成功者を自負した父は、うかつに反対派だった議員を「殺しちゃろうか」などと恐喝して刑事事件となり、町議を辞した途端に業者の後ろ盾も失った。

 ガラス窓が割れたままの乱雑な悪臭漂う部屋で酒浸りになった父は、ほぼ自殺といっていい最期を迎えた。後妻はとうに逃げており、妹は実母の元に行った。

 そんな父の子にしては何もかも目立たない子だった啓太だが、バイトも続かず、父のように反社会的な組織に使われる気性でもなく、独りでいるのが楽だった。

 昭和が終わる頃、啓太はふらっと荒れ果てた家を出ていき、住まいも職も何もかも転々とするようになる。「殺しちゃろうか」。たまに、亡父の口癖をつぶやく。

 気がつけば、白髪になって骨張った自分と、それに相応しい生活があった。故郷の町に似た田舎町の安アパートに落ち着き、日雇いをしながらただ生きている。

 結婚もせず惚れた女もいないが、金が入ると風俗店には行った。金だけの女の方が、楽だし可愛い。しかし最近になって啓太は、もしかしたら惚れたかな、という女ができた。

 チヨコは安さを全面的に売り物にしている店の、おそらく同世代で故郷も近い女だ。嫌ななつかしさを漂わせていた。汲み取り便所、薪で焚く風呂の匂いがする。

 初めて啓太は、指名をした。今までは、すべて一回きりだったのに。指名を喜んでくれたチヨコは、初回ではしなかった話をしてくれた。自身の過去、といっていいのか。

「あたし、前世は超のつく売れっ子の花魁だったんて。どの占い師にもいわれるんよ」

 前世なんて興味もないが、信じる人はけっこういるのは知っていた。だが、そのほとんどが前世は中世の王妃だったとか、戦国時代の武将だったみたいなことをいう。

 普通の農民だった、平凡な町人だった、という人はいない。人口比でいえば、圧倒的に王侯貴族や騎士、武士よりも農民や町人が多いはずなのに。

 熟女風俗嬢が、前世は吉原の有名花魁だったというのは、やや変わり種かもしれないが、啓太でもなんとなく知っているように、花魁は遊女の最高位だ。容姿だけでなく歌舞音曲にも優れ、顧客は富裕層に高位の男に限られ、贅沢三昧させてもらっていた。

 現世のチヨコは教養も常識もなく容姿も貧乏臭く、若い頃から風俗嬢ではあったが、売れっ子になったことも金持ちに囲われたこともない。貧困生活を送りながら、今もろくでなしのヒモに殴られ金を取られてばかりだという。きっとそいつは、父のような男だ。

 そんなチヨコの支えになっているのが、華やかな劇的な前世だ。たぶんチヨコは、たまたま一人の占い師に適当にいわれてその気になり、次々に違う占い師の元を訪れ、

 「有名占い師に、前世は売れっ子の花魁だったといわれたんじゃ」

 お前もそういえ。という圧をかけて迫ったのだろう。そうかもしれませんね、という苦笑いを、さらに前世は売れっ子の花魁という話にカウントしていったに違いない。

 そんなチヨコが内縁の夫を刺し殺し、裸のまま血まみれで外を走り回って捕まった。

 チヨコは警察でも、自分は前世が売れっ子の花魁で、といった話をしただろうか。

 ニュースを見ながら、啓太はふと考えた。チヨコの前世は売れっ子の花魁ではなく、売れっ子の花魁に惚れて刺し殺した客だったのではないか。自分もそんなものかもしれない。

【岩井志麻子先生のプロフィール】

  • 1964年12月5日、岡山県生まれ。1982年に第3回小説ジュニア短編小説新人賞佳作入賞。
  • 1999年『ぼっけえ、きょうてえ』が日本ホラー小説大賞を受賞し、翌年には山本周五郎賞を受賞。2020年現在、作家のほかタレントとしても活躍するマルチプレーヤーに。夕やけ大衆編集とは長年の飲み仲間でもある。
  • 岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第7回「前世は花魁」

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