• twitter
  • RSSリーダーで購読する

icon
Popular Keywords
現在人気のキーワードタグ

icon

岩井志麻子

  • TOP
  • エンタメ
  • 岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第6回「殺されなかった暑い夜」

岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第6回「殺されなかった暑い夜」

icon
Catch Up
キャッチアップ

岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第6回「殺されなかった暑い夜」

 秋生は特に貧しい家の生まれなどではなく、むしろ田舎町においてはちょっとしたお坊ちゃん扱いされるほどだった。親は地元の商店街で祖父の代からの化粧品店を手堅く営み、兄も彼も都会の私大に行かせてもらえた。真面目な兄が店を継いだので、

「秋生もできりゃあ、地元で就職して結婚してほしいけどな、都会にとどまりたい、そっちで出会った女と一緒になりたいというんなら、なんも反対はせんで」

 親にも兄にも理解ある笑顔を見せられ、それは気楽だとわかっていても、何か見捨てられたような気もしたし、自分は期待もされず必要ともされていないのか、とも感じた。

 といって秋生は、反抗的でも反骨心があるのでもない。とりあえず都会の中堅企業に就職し、淡々と月日は流れていくうちに、途上国への駐在を命じられた。

 特に気負うことも悲壮な覚悟もなく、従った。会社の関係者、駐在員や赴任者向けの界隈でのんびりしていれば、その国の貧しさなど目の当たりにはしない。

 接待で行った店や、性欲というより好奇心で入った店で、女達に今も実家には電気もガスも水道もないだの、子どものとき親に売られてからずっとこの商売だの、歩道橋の上で物乞いをしていただの聞かされても、異国の物語の一つに過ぎなかった。

 だいぶ某国にも馴染んできたある日、自宅マンション近くの路地で屋台のご飯を食べて現地のビールを飲んでいたら、現地の男二人が近くに寄ってきた。

 一見すると、そこらに普通にいる男達だが、妙な目つきの鋭さ、どこか乾いた暗さがあった。馴れ馴れしく話しかけられ、別の店に行こうと誘われた。警戒した秋生は、

「家で家族が待っているから」

 と断った。当時、三十半ばになっていてもまったくの独身で、日本にも現地にも特定の女はいなかった。そして秋生はなかなか嘘がつけないのだが、不思議なほどそのときはぺらぺらっ、と現地の言葉で存在しない妻と子の話をしてしまった。

 頭で考えるより先に、勝手に口がしゃべりだす感じだった。外灯も乏しく屋台の灯も暗い異国の夜、南国の花と果物と獣肉と強い香辛料の匂いが、秋生を生温く包んでいた。

「妻は中部の村出身、父親が小さな洋品店やってて、今は縫製工場に勤めてる。娘が生まれたばかりで、息子も重い障害があっていろいろ大変だけど、どっちも可愛いよ」

 などと、いったいどこで思いついたかわからない架空の家族の話をした。

 すると彼らは、それじゃあ、と適当なところで席を立ってどこかに行ってしまった。

 翌日、ニュースで彼らを見て仰天した。隣国の駐在員が殺害され、金品を奪われていた。時間帯から考えてあいつらは、秋生の後にそちらの駐在員のところに行っていた。

 金を持っていそうな外国人を物色し、秋生にも狙いをつけていたのだ。後から会社の人達や新聞などから知ったのは、主犯格の方にも重い障害を持った男の子がいたことと、手下の方にも生まれたばかりの娘がいたことだ。さらに、重苦しい気分になった。

 あいつらは秋生にも同じような子がいると知って、殺す気がなくなったのか。殺された駐在員は、独身だった。きっと、正直に独身だといってしまったのだ。

 もし自分が正直に独身だといってたら、殺されていたのは自分だった。

 命拾いした、という思いと同時に、正直にしゃべっていればあの駐在員は殺されずに済んだのかと、持たなくていい罪悪感にさいなまれた。

 そうして秋生はしばらくして中部の村出身、父親が小さな洋品店やっていて、今は縫製工場に勤めているという現地の女性と親しくなり、結婚した。

 四十近くになって子どもができたが、長男には重い障害があった。そしてつい最近、娘が生まれた。妻の家族や親戚からは、返す気など最初からない借金の申し込みは絶えないし、子どもの世話も大変だが。息子はいつまでも無邪気で、娘はすでに美人だ。

 自分がいなければならない、自分がとても頼りにされ、必要とされている。そんな実感もあり、今はとても幸福だ。妻にも、あの事件の話はした。

 駐在員も気の毒だが、悪いあいつらにも障害のある男の子や小さな女の子がいて、その子らはどうなったのだろう、父親がいなくなって奥さんも途方に暮れているだろう、と。

 考えるたび、秋生に関係ない罪悪感であの生温い闇夜が、今も皮膚にまとわりつく。記憶の中では、屋台に血まみれになった異国の駐在員の生首が乗っている。

 妻はきっぱりと、あなたは嘘をつかなかっただけのことよ、と答えた。

【岩井志麻子先生のプロフィール】

  • 1964年12月5日、岡山県生まれ。1982年に第3回小説ジュニア短編小説新人賞佳作入賞。
  • 1999年『ぼっけえ、きょうてえ』が日本ホラー小説大賞を受賞し、翌年には山本周五郎賞を受賞。2020年現在、作家のほかタレントとしても活躍するマルチプレーヤーに。夕やけ大衆編集とは長年の飲み仲間でもある。
  • 岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第6回「殺されなかった暑い夜」

icon
Linkage
関連記事

icon
FANZA新着動画
特選素人娘マル秘動画

FANZA新着動画一覧 >>
icon

このサイトにはアダルトコンテンツが含まれます。18歳未満の閲覧を禁止します。当サイトに掲載されている画像、文章等の無断転用・無断掲載はお断りします。
ご使用のブラウザによってはご閲覧いただけないサイト内のコンテンツがある場合もございますのであらかじめご了承の上ご閲覧ください。

Copyright(C) 夕やけ大衆 All rights Reserved. 風営法届出番号 第8110800026号

当サイトにはアダルトコンテンツが含まれます。
18歳未満および高校生の閲覧を禁止致します。

ENTER
LEAVE