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キャッチアップ
このコーナーは官能小説家の長月猛夫氏が一般の中高年男性から寄せられた「性の告白」をご紹介するものです。そこにはシニアである我々同世代が共鳴する「あの頃」の時代背景があり、実体験ならではの生々しい「性の現実」があります。懐かしくも妖艶な古き良き官能の世界をご賞味いただければ幸いです。 編集長
【性病が完治するまでの2週間】大阪府在住Y・Iさん(55歳)
20年前に上司の紹介で知り合った相手と結婚した。わたしは真面目だけが取り得の男なので、新婚初夜までは童貞だった。
妻も処女だったので、最初はきちんと挿入できなかった。それでも何度かチャレンジするうち無事に貫通。その後は幸せな毎日を送っていた。
そんなわたしに災いが舞い降りたのは、結婚2年目の夏だった。
その日、高校時代の同窓会があり、わたしは旧友たちと久しぶりの再会をはたしていた。むかしのまま変わらない友もいれば、頭が薄くなり中年腹になってしまった友もいた。そのなかにTという、学生時代は不真面目な不良で有名な男がいた。
わたしは偶然、彼のとなりに座ることになった。彼は30代も後半を過ぎた年齢だというのに若々しく、髪の毛も茶色く染めた流行の髪型。服装もブランドもので固めていた。
「お、Yとちゃうんけ。そうやろ、お前Yやろ」
席に着くやいなや、Tはそういって気安く話しかけてた。
「お前、老けたなぁ。いま何やってんの」
「お、オレ、オレは役所に勤めてる」
「ほう、公務員か。ええなあ、安定してて」
「き、きみは何を?」
「オレか、オレはこんなこと……」
Tは名刺を差し出しわたしにわたす。
「バー……」
「そう、ちっちゃい店やけど」
「へえ、社長なんや」
「やめいや。お前とはくらべものになれへん。ただの水商売のオヤジや」
そういいながら呵呵大笑するT。
わたしには、自分の力で経営ができるような勇気も知識も特技も持ち合わせていない。そんなことはわかりきっていたことなので、別にうらやましいとも思わなかった。
けれど彼の若々しさが、そういった職業に原因ありとするのなら、やはり少しは羨望をいだくし、それに女子たちのTを見る目がわたしに向けられるものと違うのも事実だ。
やがて宴はお開きになり二次会へ。Tは女の子を独占し、わたしやわたしのような親父連中は苦い水割りを舐めながら、いつしか愚痴をこぼしていた。
「なんやねん、Tばっかりもてやがって」
「しょうがないわ、オレらとくらべたらカッコええもん」
「高校時代かてそうやった。オレらが自転車でシコシコ通ってても、あいつはバイクでバリバリって」
「しかも、いつも違う女の子うしろに乗せてたし」
そんな話をしながら二次会も終了。わたしは、そのまま帰宅する予定だった。そのとき、むかしの友人の一人が声をかけてきた。
「なあ、これからどうする。よかったらつきあえへんか」
「え? どこに」
「これやよ、これ」
その友人は、2浪した大学を中退して自衛隊に入隊し、いまは土木現場で日雇いをしているという変わりものだった。そんな彼が示したのは、右手で握りこぶしをつくり、中指と人差し指の間から親指を出すサイン。
「ソープとかにいくんやったら、おカネないよ」
「なにいうてんねん。そんな贅沢なとこいけへんわ」
「ほな、どこに?」
「新地や新地。チョンの間」
「え?」
「なんやねん。お前、ひょっとしたら、日本にそんな場所なくなったとでも思ってるんちゃうか」
いかな堅物のわたしでも、法の目を潜り抜け、女性が安価で春をひさぐ店があるというのは知っていた。
「お前のことやから、女房しか女知らんやろ」
「そ、そんなことない」
「ウソつくな、顔に書いたある。オレはな、きょう嫁さんになってくれる子がおるとちゃうかって、期待して出てきたんや」
「きみ、まだ独身なん?」
「悪いか! まあええわ。そやけどTのやつに根こそぎやられたやろ。このうっぷんをどないする?」
「どないするっていわれても」
「そやからつき合え。気晴らしや!」
わたしは躊躇した。妻帯者として別の女性を、しかも金銭を介在させて抱くという行為に罪の意識を感じたからだ。
けれど、その日のわたしは酔っていた。しかも、その友人がいった「お前のことやから、女房しか女知らんやろ」という言葉にも反発をおぼえた。
罪悪は、ときに蜜の甘さを感じさせてくれる。そして、このチャンスをのがせば、この先一生ほかの女性を知る機会はないようにも思われた。
わたしは渋々を装い、彼につき合った。
そこは、狭い路地の両側に小料理屋風の看板を並べた横丁筋だった。男たちが数人行きかい、そんな連中に老齢とおぼしきオバサンたちが声をかけていた。ひょっと店の中をのぞき込むと、若くてきれいな女性が物憂げに座っている。
「な、ええやろ」
「ま、まあね」
「強がりいうな。ここはもうビンビンとちゃうか」
豪放磊落というか、遠慮を知らないというか、彼はわたしの股間に手を伸ばしてせせら笑う。
そうこうしているうちに目的の店にたどり着き、わたしに一人の女性があてがわれた。幸薄そうな表情と、白い肌だけが強く印象に残っている。
「さ、どうぞ」
2階にある狭い小部屋にとおされ、彼女はいきなり服を脱ぎはじめた。
「お客さんも脱がないと、時間がもったいないよ」
大阪弁ではなく関東の言葉を使う彼女は、ぶっきらぼうにいう。わたしはあせって裸になる。そして彼女にいわれるまま、薄汚れた布団の上に横たわった。
「あら、まだ勃たないの。お酒飲んできたから?」
「はあ、まあ」
「しかたないなぁ」
彼女はわたしをつまみ、シコシコとこすりはじめた。その感触でなんとか勃起するとコンドームをつけてくれる。
「さ、どうぞ」
パックリと両脚をひろげる彼女。わたしはおおいかぶさり、なんとか挿入をはたそうと懸命になる。しかし、あせりと緊張と酔いで、中に入れてもしぼんでしまう。
「なに? 中折れ?」
「はあ、まあ」
「もう、本当はこんなことしないんだけどね」
彼女はいかにも面倒だという素振りでコンドームをはずし、咥えてくれた。絡みつく舌の感触に興奮をおぼえたわたしの一物は、すぐに固くなる。
「さ、いまの間に」
「ゴムはつけなくていいんですか」
「つけたらさ、またしぼんじゃうでしょ。生でいいから。その代わり外に出してね」
わたしはいわれるまま、彼女の中に挿入する。にゅるっとした温かな感触が快感をあたえてくれる。
わたしは夢中になって腰を振った。そして最後に抜き取って、彼女の腹の上に射精したのだった。
その数日後、尿意を覚えてトイレにいったとき激痛をおぼえた。よく見ると、尿道から白いウミのようなものがにじみ出ていた。
「ま、まさか」
わたしはあわてて病院に駆け込む。泌尿器科でベッドに寝かされ、尿道に麺棒らしきものを突っ込まれた。痛みをともない、また看護士の視線にさらされ、わたしは顔から火の出る思いだった。
「安心しなさい。軽い尿道炎です。淋病や梅毒じゃない」
「そうですか」
「抗生物質で治ります。ただ完治するまで性行為は禁止、酒もダメですよ」
少し安堵はしたものの、それからが大変だった。
幸いにも同窓会の次の日から妻は夏風邪をひき、わたしが発病するまでセックスは行っていない。だから、妻にうつしてはいないはずだ。
それはそれでよかったのだが、薬で少しは減ったもののウミは下着に付着する。それに、保険証には記録が残るので、わたしが通院していることもばれてしまう。
下着は、あらかじめ水で軽く洗ってから洗濯機に直接放り込んだ。医者は総合病院を選んだので、自分も風邪気味だった、とうまくごまかした。けれど、夜の営みだけはどうしようもない。
そのころ、わたしたち夫婦には子どもがいなかった。妻の実家もわたしの両親も、早く孫の顔が見たいとせっついてくる。妻もその気になって、毎晩のように求めてくる。
「いや、きょうは疲れてるから」
「ごめん、あしたは朝が早いから」
そういってごまかしてきたが、5日がたち1週間も過ぎるといいわけも底をつく。
もはやこれまでと思ったわたしは、とうとうウソの出張を告げ、数日間、ビジネスホテルで寝泊りをした。そのあいだ医者に通いつめて2週間がたち、完治を医者に告げられた。
どうにかこうにか妻にはばれなかった闘病生活。あれから玄人はもちろん、素人女性にも手を出すことはない。
今は還暦を目の前にして、人生を振り返ることも多くなった。わたしが知る女性は妻と、あの時の売春婦の二人だけだ。
それでいいのか、と思うこともあるが、これも人生。多くを知るばかりが名誉なことでもあるまいと自分にいい聞かせ、平凡ながら幸せな毎日を送っている。
- 【選者紹介】
- 長月タケオ(ながつきたけお)
- 官能小説家。一般人の中高年男性への取材を通して市井の赤裸々な性のエピソードを紡ぐ。
- 1962年生大阪府出身在住。1988年官能小説誌への投稿でデビュー。
- 1995年第1回ロリータ小説大賞(綜合図書主催)佳作受賞。
- おもな著作『ひとみ煌めきの快感~美少女夢奇譚』(蒼竜社)
- 『病みたる性本能』(グリーンドア文庫)
- 『禁断の熟女』(ベストロマン文庫・共著)
- 『19歳に戻れない』(扶桑社・電子版)
- 『誘惑する女 熟女たちの悦楽』(九月堂・電子版)ほか
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- 誘惑する女 熟女たちの悦楽 長月タケオ短編集
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