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岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第38回「熱帯の不吉な果実」

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岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第38回「熱帯の不吉な果実」

 しっかり者の妻と、若い頃の妻そっくりな愛嬌ある高校生の娘。近所の小さな工場に勤める淳路は、ごく普通に生きて来た温厚で真面目な中年男に見える。

 しかし、ここまで何の問題もなく順当にやって来られたのでもない。高校生の頃から不良というほどでもないが学校をサボり、パチンコ店に入り浸り、親の金を盗んだりしていた。成人しても就職せずバイトも続かなかったが、転機となったのはあるバイト先だ。

 短期に稼いで生活費の安い南国に渡り、ぶらぶらしているバックパッカーが何人もいた。

「貧しい国を下に見とりゃせんよ。金が無うても人生を楽しめる人らを尊敬しとる」

 話を聞くうちに心惹かれて行ってみたら、見事にハマってしまった。ゆるい南国で安い酒と女に溺れ、非合法の薬物もやり、ここはまさに地上の楽園と酔い痴れた。

 それから一見すると、淳路は働き者になった。南国に行きたいから、それだけの理由だったが、親としてはとりあえず働いてはいるし、金も盗まなくなったしで、静観した。

 滞在期間も徐々に伸び、知り合いも増えた。堅実な会社の駐在員、地道な商売をする日本人もたくさんいたが、彼らとは一線を画していた。つるむのはすべて、似た者同士だ。

 気がつけば違法薬物の売買に関わり、日本人向けの闇金の手伝いまでするようになっていた。捕まれば良くて強制送還や入国禁止措置で、現地の刑務所にぶち込まれる可能性も大いにあった。現に、仲間の何人かは逮捕されたり、行方不明にもなっていた。

 当時はまだスマホはなく、海外で使える携帯電話も高く、いろんな怖い話はほぼ、口伝えの噂話だった。そんな中で親しくなった一人に、イチと呼ばれる貧相な中年男がいた。

 淳路と同類の薄いチンピラだったが、長期滞在ビザは持ち、現地に部屋も借りていた。

 安い部屋なのがばれるから日本人は呼ばなかったが、シェリーと名乗る日本の女と同居していた。淳路と同世代のシェリーは、陰で日本人向け公衆トイレとも呼ばれていた。

 滞在費のために、日本人に安い金で体を売っていたのだ。日本では働かず、こっちに来て稼ぐという、淳路達とは逆の方法を取っていたわけだ。イチはシェリーの稼ぎを当てにしていたから、黙認どころか仲介もしていたようだ。

 シェリーもイチは住まわせてくれる上に、薬物の調達ができるからくっついているようだった。噂では、現地の色男に貢いでいたという。淳路はいわゆる素人童貞だったが、シェリーを買ったことはない。現地の女の方が手軽な上に、容姿も気立てもよかった。

 それにシェリーは表面的には陽気だが、どこか不気味さがあった。人を殺すのは罪になると頭ではわかっていても、殺すこと自体は蚊を潰したくらいにしか感じないような。

 ともあれ淳路は二十代の大半を、そんな風に費やしたのだが。あるとき何かの拍子にシェリーと二人きりになり、路上のバーで現地の酒をかなり飲んだ。

「うちの住んどる部屋、ヤバいんよ。いっぺん、来てみ」

 そのとき初めてシェリーの訛りから、故郷が近いのを知った。今イチはいないからと誘われ、酔った勢いでついていった。あまり日本人観光客は来ない下町に、そのアパートはあった。日本でいえば、四畳半くらいか。狭い南国の部屋は、ゴミ屋敷だった。

 南国の果物は、今は日本でも珍しくなくなったが。その果物は強烈な臭いで知られ、馴染みのない日本人には悪臭でしかない。それが床に、ごろごろ転がっていた。悪臭はその果実が放つのか、部屋全体の不潔さか、あるいはもっと違う何かだったのか。

 淳路はいつになく薬に酩酊し、しばし記憶が混濁する。いつの間にか隣にイチがいたが、イチであってイチでなかった。腐った臭いを放ち、肉が果肉のように溶けていた。

 無我夢中で飛び出し、空港に向かった。それから一切、あの国に行ってない。心を入れ替えたというより、逃げる手段、隠れる手立てとして、故郷で地道に生きた。

 おそらくイチは、あの部屋で殺された。シェリーはイチ殺しを淳路になすりつけようとしたか、薬物使用をタレ込んだら死刑だと脅して遺体の始末を手伝わせようとしたかだ。

 さて娘の誕生日、娘は話題の店に行きたいといい出した。それはあの国の料理店で、少しだけ躊躇った。娘と妻にはいっさい、あの国での嫌な話はしていない。何度か観光した、とだけいってある。娘がふと、あの果物はないのかといい出した。

 果実とアイスクリームを混ぜた濃厚なデザートを、娘はうっとり舐めた。

「お父ちゃん、ときどきこの匂いをさせとるよ。私らに内緒で食べとるんじゃないの」

 自分に今も憑いているのはイチなのか、シェリーなのか。

【岩井志麻子先生のプロフィール】

1964年12月5日、岡山県生まれ。1982年に第3回小説ジュニア短編小説新人賞佳作入賞。1999年『ぼっけえ、きょうてえ』が日本ホラー小説大賞を受賞し、翌年には山本周五郎賞を受賞。2020年現在、作家のほかタレントとしても活躍するマルチプレーヤーに。夕やけ大衆編集とは長年の飲み仲間でもある。

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