• twitter
  • RSSリーダーで購読する

icon
Popular Keywords
現在人気のキーワードタグ

icon

岩井志麻子

  • TOP
  • エンタメ
  • 岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第33回「未来と女の値段」

岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第33回「未来と女の値段」

icon
Catch Up
キャッチアップ

岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第33回「未来と女の値段」

 あれは、龍が小学校の三年生か四年生あたりの夏休みのことだった。たぶん町内会の集まりで近県のキャンプ場に行き、何かの拍子に一人でさ迷い出てしまった。

 日本中どこにでもあるような、田んぼと畑と特徴のない集合住宅が点在した田舎町の景色は、恐怖というより強い寂しさがあった。

 稲が刈り取られて土が剝き出しの田んぼの真ん中に、全身黒ずくめの不吉な男がいた。

 そんな肥満体ではないのに顔も体もぼってりし、眠たげな小さな目と土気色の分厚い唇が、鈍重なのにどこか残忍な空気をまとっていた。髪だけが妙に脂ぎって黒々し、おそらく当時の龍の父親ほどの年頃だった。

「わしゃ、女を殺してここに埋めたばかりなんじゃで」

 いきなり、そう話しかけられた。叫んで逃げたりしたら、自分も捕まえられて殺されて、埋められる。そんな警戒アラートが龍の中で鳴り、努めて静かに答えた。

「え、おじさん、そんな人に見えん。大人しそうじゃし……」

 異様な男の足元の、湿った黒い土。その下から、確かな死臭が立ち上った。

 目の前の怖い人に媚び、へつらう。それは処世術ではなく、本能だ。けれど大人しそう、以外の無難な言葉が出てこない。美男ではなく、金持ちにも偉い人にも見えない。

「そうじゃ。わしは大人しそうに見えるけん、相手は気を許して、いや、舐めてかかって近づいてきて、簡単に殺されるんじゃで」

 そこからしばらく記憶が途切れるが、龍はいきなり全力で逃げ出したのだろう。気がつけば親やみんながいる河原に戻っていて、何事もなかったかのようにバーベキューに参加していたのだから。どこに行っとった、とも聞かれなかった。

 だから、変な男に会ったことも黙っていた。しゃべれば、また現れそうな気がした。──龍の人生の螺旋は、いつからか下の暗い方にばかりくるくると降りていった。

 親を亡くし、仕事も続かず中年になって生活に困窮すると、寸借詐欺や窃盗、起訴まではいかなかったが逮捕、等々で地元に居られなくなり、各地を転々とした。

 ついに本格的に危ない組織の者に不義理をしてしまい、刑務所にぶち込まれた方がましかもしれないと迷うほどの脅迫を受け、行き当たりばったりで逃げ回ったあげく、故郷にほど近いその町に行きついてしまった。

 田んぼと畑と特徴のない集合住宅が点在した田舎町の景色を、なぜかひどくなつかしいと感じた。似たような人ばかりが住む安アパートに潜り込み、すでに生業といっていいケチな詐欺と窃盗で小金を得て一息ついたところで、出会い系をやってみた。

 今までも出会い系はやっていたが、ほぼ苦い思いだけを味わわされた。女は一目で龍を舐めていいと値踏みし、まずは吹っかけてくる。金はないといえば、罵ってから去る。だがそのときの龍には、いろいろと暴力的な疼きがあった。

 未来と名乗る自称モデルは、みな同じ顔に加工される写真を送ってきたが、それこそ舐めていいユルい雰囲気があった。龍はアプリで加工こそしないが、いわゆる奇跡の一枚を使っていた。女達は龍に会って別人みたいと怒るが、自分のことは棚に上げるのが常だ。

 ともあれ未来が電車を乗り継いで二時間以上かけて来たのは、十万円を払うという龍の言葉を真に受けたからなのは間違いなかった。

 もちろんそんな金はなく、あっても払う気などなかった。未来が怒れば、凄んで怖がらせる気満々だった。むしろ、それが目的だった。舐めてかかる女を怯えさせたい、と。

 そう、それだけだったのに。龍も、大人しそうな未来を舐めすぎていた。四畳半の饐えた臭いの部屋で淡々と事を終えた後、金はないといったときの未来の怒りは凄かった。

「軽い気持ちで体を売る女はいないよ。だから、女の体を値切る男は女の最後のプライドを値切ったも同然なの。これ以上の被害者を出さないよう、あんたの写真ばらまく」

 かっとなって、ではなく。怖さから逃げたいあまりに、未来の首を絞めてしまった。

 人殺しとなった自分を洗面台の鏡で見たら、幼い頃の暗い思い出が生々しくよみがえった。田んぼの中で会った不吉な男は、未来の自分だったのだ。

 この土地は、あの場所だったか。となるとやっぱり、今ここに転がっている未来はあの田んぼに埋めなければならない。そして、夜の闇に溶け込んで死体を埋めるため、黒い服に着替えてから幼い頃の自分に会い、嫌な未来を告げなければならないのだ。

【岩井志麻子先生のプロフィール】

  • 1964年12月5日、岡山県生まれ。1982年に第3回小説ジュニア短編小説新人賞佳作入賞。
  • 1999年『ぼっけえ、きょうてえ』が日本ホラー小説大賞を受賞し、翌年には山本周五郎賞を受賞。2020年現在、作家のほかタレントとしても活躍するマルチプレーヤーに。夕やけ大衆編集とは長年の飲み仲間でもある。
  • 岩井志麻子先生の「四畳半ホラー劇場」第33回「未来と女の値段」

icon
Linkage
関連記事

icon
FANZA新着動画
特選素人娘マル秘動画

FANZA新着動画一覧 >>
icon

このサイトにはアダルトコンテンツが含まれます。18歳未満の閲覧を禁止します。当サイトに掲載されている画像、文章等の無断転用・無断掲載はお断りします。
ご使用のブラウザによってはご閲覧いただけないサイト内のコンテンツがある場合もございますのであらかじめご了承の上ご閲覧ください。

Copyright(C) 夕やけ大衆 All rights Reserved. 風営法届出番号 第8110800026号

当サイトにはアダルトコンテンツが含まれます。
18歳未満および高校生の閲覧を禁止致します。

ENTER
LEAVE