Catch Up
キャッチアップ
この官能小説は、現在50代から60代の方々の若かりし時代を舞台背景にしています。貧しかったけれど希望に満ち溢れていたあの頃、そこには切なくも妖しい男と女の物語が今よりも数多く存在しました。人と人とが巡り合う一瞬の奇跡、そこから紡がれる摩訶不思議な性の世界をお楽しみください。 編集長
【チンピラ男と拾われた女】長月猛夫
仏壇のロウソクが灯り、線香から煙が立ちのぼっている。その前に座った清子はリンを鳴らして合掌すると、額に入った遺影に向かって語りはじめた。
「お父ちゃん、聡の嫁に子どもができたらしいわ。ウチとお父ちゃんにとってのひ孫。男の子かな。それとも女の子」
居間と仏間を兼ねた部屋からは、縁側をとおして庭がうかがえる。立春も過ぎたばかりで肌寒い日が続いていたが、その日は気温も高く、うららかな日差しが縁側いっぱいにひろがっていた。
清子はロウソクの火を消すと、腰を上げて庭に向かう。そして、おもむろにガラス障子を開け、陽光を受けて緑葉をきらめかせる植木をながめた。
「ウメの花の満開も、あとちょっとやなぁ」
清子の夫、志郎は5年前に他界した。享年80。
当初は寂しい思いも強かったが、3回忌の法要も終えたころからは、そんな感情も薄れてくる。しかし、流れ過ぎる日々の中でささやかな波風が起きると、清子は志郎とのこれまでを思い返してしまう。
「あの人と出会ったのも、こんな春のはじめごろやった」
清子は青く澄み切った空を見あげ、ぽつりとつぶやいた。
夕暮れの商店街。雑踏の中を、志郎は肩をいからせて歩いていた。髪型はポマードで固めたリーゼントヘアー。サングラスをかけてダブルのスーツを着込み、背広の襟には代紋をかたどったバッジをつけている。
春も名のみの2月中旬。それでも、料理屋の軒先に植えられたウメの花や、どこからともなく漂ってくる気の早いジンチョウゲのほのかな香りが、季節の移ろいを示してくれる。
そのとき、1軒の肉屋の前で騒ぎが起きているのを志郎は見つけた。店の主らしき男が、小柄な女の襟首をつかんで怒鳴っている。
「なんや?」
志郎は歩く速度を早めて近寄る。
「なんや、どないしたんや大将」
志郎は主に声をかける。
「あ、志郎ちゃん。いやな、こいつが店のコロッケぱくったんや」
志郎は女の姿を改める。伸ばした髪は艶がなく、身につけているものも薄汚れている。年のころなら二十歳前後といったところか。
主が手の力をゆるめたすきに、女はつかんでいたコロッケをほおばった。
「あ、食べよった。お前、カネ払え!」
女はコロッケをくわえながら、首を左右に振る。
「銭なしか! 警察に突き出しちゃろか!」
「まあまあ、大将。女が恥も忘れてぶざまな姿さらしてんやないけ。よっぽど腹空いてたんやろ」
志郎は財布を取り出して100円札を渡した。
「これで足りるやろ。釣りはいらんで」
「志郎ちゃん、そんなことしたら、この女、くせになるで」
「かめへん、かめへん」
志郎は、身をかがめてコロッケをむさぼる女の前にしゃがむ。
「どうや、うまいか? 大将とこの揚げたては絶品やろ」
女は返答をしない。
「お前、きょう寝るとこあるんか?」
女は首を左右に振った。
「そうか。ほな、ワイとこにくるか?」
女は口の動きを止めて志郎を見つめた。志郎は、出来る限りのやさしい表情を浮かべる。
「心配すんな、なんも悪いことせえへん。とりあえず、話聞かせてもらおやないか」
志郎は立ち上がり、歩きはじめる。コロッケを食べ終えた女はちゅうちょしていたが、やがて志郎のうしろについて歩きはじめた。
「な、何すんのん!」
アパートの部屋に入ったと同時に、志郎は女に襲いかかった。畳の上に押し倒された女は、声を上げて抵抗を示す。
「ええから黙ってしたいようにさせえ。でないと、このまま追い出すで」
「やめてぇや、やめてって!」
女はいきなり志郎のほほを拳で殴った。
「このガッキゃ!」
志郎も女を殴ろうとする。
「なんや、男のくせに女に手ぇ出すんか! サイテーやな。背広についてる代紋が泣くで!」
その言葉に、志郎は手を止める。女は志郎から身を退け、部屋の隅でうずくまった。
「クソ……、まあ、ええわ。どうせ長いこと風呂も入ってないんやろ。くっさいオ〇コに突っ込んだら、チ〇ポ腐るわ」
志郎は畳の上であぐらをかき、タバコを取り出して火をつけた。
「お前、名前は」
「清子」
「歳は」
「19」
「へえ、4つ下か。おぼこ見えるな」
清子はひざをかかえて返事をしない。
「家は? 仕事は?」
「どっちもあれへん。追い出された」
「ふうん」
タバコの灰を灰皿に落とし、志郎は女のスバに近寄る。女は身を縮ませ、志郎をにらみつけた。
「もう、なんもせえへんがな。そやけど、追い出されたっていうのは聞き捨てならんな。わけありか」
清子はうなずく。
「話してみぃや。聞いちゃるさかい」
「話したら、ウチをここに置いてくれるんか」
「おう、かめへんで」
清子は、とつとつと自分の身の上を話しはじめた。
戦争で両親を亡くし、親戚の家に預けられた。中学校を卒業すると、繊維工場に住み込みで働いていたが、工場長に目をつけられてしまう。何度も誘われ、それを断り続けたためにいづらくなって寮を飛び出す。その後は、水商売を転々としたものの、どこも長続きしない。
「この前まで働いてたとこで、しつこい客にからまれて。腹立ったから頭から水割りかぶせちゃったら、ママが怒ってお払い箱や。店が段取りしてくれたアパートも追い出された」
「そうなんや」
志郎は憐れみを帯びた目で清子を見た。
「アンタは? チンピラ?」
「チンピラいうな。まあ、ワイもお前と似たようなもんや」
「へえ、そうなん」
「そうや、ワイもな親父が戦争で死んだ。それからは、母親と二人暮らしやったんやけど」
戦争が終わる前に母親は幼い志郎を残して出奔してしまう。残された志郎は、祖父母の下で暮らすようになった。
終戦の年に国民学校を卒業した志郎は、そのまま働きに出される。闇市の手伝いやダンプの助手、港の人足などの仕事をこなしているうちにヤクザの組員と知り合い、面倒を見てもらうことになった。
「バッジはもろたけど、まだ盃は交わしてないねん。つまり、まだ正式な組員やない」
「そうなんや」
似た者同士ということもあり、清子の気持ちはほぐれはじめる。それは志郎も同じだった。
「とにかく、風呂入って身ぎれいにしてこいや。近所に風呂屋あるさかい」
志郎はそういって、清子にタオルと石けん、そして小銭を手渡した。
その日から、二人の奇妙な生活がはじまった。清子は色白で肌艶もよく、手入れをするとくすんでいた髪も漆黒の光沢を放つようになる。
切れ長のひとみに、厚みのある小さな唇。胸のふくらみはつつましやかだが、腰のくびれや張り出した尻の形が、艶美な曲線を描いている。
四畳半の狭い部屋の中で志郎は、そんな清子と暮らす。若い志郎は何度も襲いかかろうとしたが、清子は猛烈な勢いで拒絶する。殴る蹴るはもちろん、部屋の中のものを手当たり次第に投げつけ、志郎を近寄らせない。
極道の世界に足を踏み入れてはいるが、元来、志郎は気のやさしい性格だ。力任せにコトにおよぼうというのをはばかる。それでも、清子の色香に惑わされるときは、便所に入って一人で慰めてしまうこともあった。
そんな生活が10日ほど過ぎた。ある日、喫茶店で向かい合わせに座り、志郎はコーヒーを、清子はミックスジュースを飲みながら会話をはずませていた。
「おお、シロやないけ。えらいべっぴんさん連れてんのお」
そのとき、二人のテーブルの脇を通り抜けようとした男がいった。
「あ、兄貴!」
志郎は立ち上がって頭をさげる。男は志郎の座っていた場所に腰をおろし、くわえていたタバコを灰皿でもみ消した。
「お姉ちゃん、この辺の子か?」
ヘビのように冷たい目をした男はいう。
「いえ……」
清子は男の目を見ずに答える。
「生まれはどこや」
清子は出身地を答えた。
「そうか。けど、なかなかのべっぴんさんや。シロにはもったいない。のお、シロ」
志郎は恐縮して頭をかいた。
「まあ、こう見えてもこの男はエエ奴やさかい、あんじょうかわいがってもらい。困ったことあったら、わしのとこに相談においで」
男はテーブルの上に名刺を置いて立ち上がり、二人のレシートを持ってレジに向かった。
「兄貴、ごちそうさんです!」
志郎は大声でいう。男は振り返りもせずに片手を振り、店から出ていく。
「ふう」
席に戻った志郎は、大きくため息を吐いた。
「あの人は?」
「佐々木の兄貴や。次の若いもん頭になるかもしれへん。ただな……」
「ただ?」
志郎は周囲のようすをうかがい、小声で告げる。
「カネと女にいやらしいので有名や。人のこと、シロ、シロってイヌみたいに呼びくさって」
「アンタは、好きとちゃうんや」
「あんまりな。それにワイは、ほんまは極道も好きとちゃう。前の仕事クビになって、仕方なしにこの世界に入ったけど、いつかはやめたろと思てる」
志郎は水の入ったグラスを一気にあおった。
月日は流れ、サクラのつぼみも大きくふくらむ季節となる。
「すまん、この通りや!」
事務所から戻ってきた志郎は、清子を前にして、いきなり畳に額を押しつけた。
「な、なんやのん……!」
困惑する清子。志郎は顔だけをあげ、土下座の理由を話す。
「じつは……」
数日前、佐々木に命じられてクルマを運転することになる。免許を持っていない、と最初は断ったが、それでもかまわないと佐々木はいう。
無免許ではあっても、ダンプの助手をしていた時に自動車の操作はおぼえたし、短距離の移動程度なら任されたこともある。しかも佐々木のクルマは国産の乗用車だ。ダンプと比べれば、あつかいはたやすい。
志郎は佐々木を後部座席に乗せて、国道を走っていた。すると、わき道からトラックが飛び出してきて割り込み、志郎たちの前をふさぐ。志郎はあわててブレーキを踏んだが間に合わず、トラックのうしろに追突してしまった。
トラックは、そのまま走り去る。志郎は道路脇に停めてクルマのようすを確認する。佐々木のクルマはバンパーがへこみ、フロントグリルも破損していた。
動揺する志郎。そんな志郎に、佐々木は修理代を要求する。志郎はトラックのせいだと抗弁するが、佐々木は聞き入れようとしなかった。
翌日、佐々木は修理代の見積もりを志郎に示した。その金額は、とても志郎が用意できる金額ではない。
「そんなん、アンタのせいとちゃうやん」
全部を聞き終えた清子はいった。
「そんなん百も承知や。わいもそういうた。ほなら兄貴は、割り込んできたトラック探して来いっていう。そんなん無理な話や。ナンバーの番号もおぼえてないのに」
志郎は、べそをかきながらいう。
「で、それでどないすんのん?」
「それやがな」
カネがないのなら、代わりものを出せという。佐々木が要求したのが清子だった。
「ウチ? ウチに何をせいと」
「決まってるがな。兄貴と一晩、つき合うてほしいんや」
「つまり、佐々木に抱かれいていうわけ?」
志郎はふたたび、土下座する。
「す、すまん。ワイもそれだけは堪忍してくれっていうた。指でもなんでも詰めるからって。ほなら、お前の腐った指なんかいらん、カネ払うかバシタ出すか、どっちかやて……」
清子は口を閉ざす。志郎は頭をさげたまま、肩を震わせていた。
「わかった」
清子は静かにいった。
「ウチの粗末な身体がアンタの役に立つんやったら、ウチ、佐々木に抱かれるわ」
「清子……、ほんまか」
志郎は顔を上げ、清子を見あげる。
「そやから、もう土下座なんかやめて。簡単に女に頭下げたら男の値打ちさがるで」
「清子……、すまん」
志郎の目には涙が浮かんでいる。清子は志郎の顔を、じっと見つめる。
「その代わりにな」
「なんや、何でもいういてくれ」
「佐々木に抱かれる前に、ウチをアンタの女にして」
「え?」
「いままで我慢させてごめんな。けど、アンタの性根もわかったし、ウチも決心がついた。ウチはアンタの女になる。男なんかこりごりやと思てたけど。アンタにやったら、ウチをあげる」
清子は志郎を前にしてスックと立ちあがる。そして、身につけていたものをスルスルと脱ぎはじめた。
ひび割れをガムテープで目張りしたガラス窓。すりガラスを通して、橙色の明るさが差し込んでくる。窓枠で切り取られた日光が、畳の上に四角くひろがっている。
その上に布団も敷かず、全裸の清子は横たわった。
初めて目の当たりにする清子の裸体を見て、志郎は感動の吐息をもらす。
白い素肌はきらめき、ささやかな胸のふくらみの頂点にある乳首が桜色の彩をそえている。みぞおちから下腹にかけて、なだらかな起伏を見せ、股間の茂みは産毛のように薄い。
「あんまりジロジロ見んといて、恥ずかしい」
羞恥の笑みを見せ、清子は両手で顔をおおった。
「すまん、清子、ほんまにすまん」
「もう、謝らんといてていうてるやん。それより、アンタの女になれるんや。ウチは、それがうれしい」
「清子……」
急いで着ていたものを脱いだ志郎は、清子におおいかぶさって唇を合わせた。清子は志郎に応じながら、両腕を首にまわして抱きしめる。
口づけを交わしつつ、志郎は清子の乳房をわしづかみにした。手のひらにすっぽりと収まる乳塊は、水を張った風船のように弾力があり、力を込めれば簡単につまみ取れそうなほどやわらかい。
唇を離し、志郎は乳首を吸った。舌で転がせば、上質な砂糖をギリギリまで水で薄めたに等しい味わいが伝わってくる。
「あん、やん……」
「気持ちええんか?」
「野暮なこと聞かんといて」
「ここは、どうや」
志郎は清子の淫裂に手を伸ばす。その瞬間、清子はビクンと大きく痙攣する。志郎の指は肉唇をかき分けて内部へと侵入する。
「あああん、あかん、そこは……」
指の先を埋没させ、志郎はゆっくりと抜き差しをくり返す。次第にじゅんわりと蜜がにじみ出し、入り口の全体を濡らす。
「清子、ええか。挿れるで」
「うん、ちょうだい」
志郎は、すでに固く怒張していた一物をあてがった。そして、先端で膣ビラを左右にひろげ奥まで突き入れる。
「あ……、痛……!」
志郎が内部にめり込んだ瞬間、清子は眉根にしわを寄せ、表情をしかめる。
「き、清子、まさか、お前……」
志郎は清子のようすを見て、挿入したままたずねた。
「お前、初めて……」
「うん」
清子は照れくさそうな笑みを浮かべた。
「子どもの時、親戚のオッちゃんに襲われそうになった。それから、工場長、店の客、店のオーナー。どんなにやさしかっても、どんなにウチのことかわいがってくれても、目ぇ血走らせて、ハアハアいいながら襲いかかってくる。そんなん見てたら、男なんかサイテーやと思うようになった」
「ワイも最初は」
「うん、そうやった。けど、アンタは我慢してくれた。我慢してくれたし、ウチのこと大事にしてくれた。初めてがアンタでよかった。好きな人でよかった。うれしい」
「き、清子」
「これでウチはアンタのもんや。アンタさえ、そばにおってくれたら、なんでも我慢できる」
志郎は清子をきつく抱きしめ、丁寧にやさしく、ゆっくりと腰を振る。
「清子、すまん、清子」
「うん、うん、大丈夫。もっと、もっと、きっつう抱いて」
志郎は涙を流しながら抽送をくり返す。清子は志郎を受け止めながら、歓喜の表情を浮かべるのだった。
逃げようとも考えた。このまま清子と二人、佐々木の目の届かないとろろへ逃げ出そうとも考えた。
しかし、志郎に行くあてはない。逃亡する費用もない。プライドを傷つけられた佐々木から逃げおおせる自信もない。
「ほな、いってくるわ」
服を着終えた清子はいった。
「清子、すまん」
志郎は畳に両手をついて頭をさげる。目から涙がこぼれ落ちる。
「メソメソしなや。情けないなぁ。アンタ、男やろ。泣きみそはきらいや。ほなな」
清子は、そういい残して立ち去った。
あくる日、清子は朝早くに戻ってきた。だが、部屋の中に志郎の姿はない。
「どこいったん?」
不安がよぎる。しかし、志郎の荷物は置いたままだ。一人で逃げ出したわけではなさそうだ。
昨夜は一睡もしていないにもかかわらず、まんじりともせずに清子は志郎を待つ。それと同時に、佐々木との行為を思い出す。
佐々木はしつこく清子を責めた。真珠が仕込まれている佐々木の一物は、いびつで長大。そんな男根で、まだ破瓜を終えたばかりの清子を玩弄する。
身体が壊れてしまいそうになる。強烈な痛みに襲われ、意識がもうろうとなる。それでも、志郎のことを思えば我慢ができた。身体を呈していても、心は犯されない。そんな気持ちがあった。
「どこへ行ったんやろ」
清子の不安は募る。そのとき、部屋の扉の前に、どさりと人の倒れこむような音がした。
清子はあわててドアを開ける。そこには、顔面を腫らし、服がボロボロに破れ、血まみれになった志郎の姿があった。
「あ、アンタ、どないしたん!」
清子の声に、志郎は笑みを浮かべる。
「足、洗ろてきたで。エンコつめんのだけは堪忍してもろたけど、おかげでこの有様や。まだ盃交わしてなかったのがよかった。ボコボコにされただけで、許してもろたわ」
「アンタ、アホやな。早よ中に入り」
清子は志郎を引きずって部屋の中に入れて寝かせ、絞ったタオルで血をぬぐう。
「き、清子、ワイ、カタギになったさかいな。これからは一生懸命、働くさかいな。ちゃんと仕事して、お前のこと養うさかいな。お前と所帯持って、幸せにしちゃるさかいな」
「うん、うん、わかった。わかったから、もうしゃべりな」
「ちゃんと指輪も買うて、式も挙げよな。新婚旅行はハワイでええか」
「うん、ありがとう、ありがとう」
腫れたまぶたを開け、切れた唇の口角をあげ、志郎はほほ笑む。清子は涙を我慢できず、ほほを濡らしながら志郎の傷口を濡れタオルで冷やした。
「ひどい目におうたし、一緒になってからも苦労したけど、ウチは幸せやった。アンタと知り合えたから、人間らしゅう生きられたし、家族もできた。息子が二人、孫が4人、ほんでひ孫」
どこかで小鳥が鳴いている。蒼空に白い雲がゆっくりと流れている。
暖かく思えても、そよぐ風には、まだまだ冷たさが感じられる。
「おお、寒」
清子はガラス障子を閉じる。
「おばあちゃん、いてる?」
玄関の方から声がする。孫が訪ねてきたようだ。
「聡か? お嫁さんの具合はどうや?」
清子は玄関の方へ歩きはじめる。仏壇の前で煙をたなびかせていた線香が、半ばまで燃えつき灰を落とした。
- 【長月猛夫プロフィール】
- 1988年官能小説誌への投稿でデビュー。1995年第1回ロリータ小説大賞(綜合図書主催)佳作。主な著作『ひとみ煌きの快感~美少女夢奇譚』(蒼竜社)/『病みたる性本能』(グリーンドア文庫)/『19歳に戻れない』(扶桑社・電子版)ほか。
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