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【昭和官能エレジー】第44回「淫欲にいざなう椿の精」長月猛夫

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【昭和官能エレジー】第44回「淫欲にいざなう椿の精」長月猛夫

この官能小説は、現在50代から60代の方々の若かりし時代を舞台背景にしています。貧しかったけれど希望に満ち溢れていたあの頃、そこには切なくも妖しい男と女の物語が今よりも数多く存在しました。人と人とが巡り合う一瞬の奇跡、そこから紡がれる摩訶不思議な性の世界をお楽しみください。 編集長

【淫欲にいざなう椿の精】長月猛夫

 凍った満月が空に浮かんでいる。鈍色の空には黒い雲が流れ、中庭に植えられた木々が青白い光に照らされた地面に陰影をあたえていた。

 夜中に尿意をおぼえて便所に立った西本は、用を済ませたあと、そんな庭をながめる。庭の片隅には椿の老木があり、真紅の花弁を毒々しいほどの様相で咲かせていた。

 庭と廊下をへだてる障子は、一面がガラス張りになっている。木立の葉を揺らす風は吹きこんでこないものの、季節の冷気が足もとから立ちのぼってくる。

 それでも西本は、なぜか椿の花から目をそらすことができずにいた。

「あれは……」

 椿の幹の根元に人影らしいものを見つける。白い着物を着た、髪の長い女だった。

 寒空の下であるにもかかわらず、女の着物は襦袢のように薄く、しかも裸足だ。袖や裾を風の揺れに任せたまま、女はじっと西本を見つめていた。

 西本は、なぜか恐れを感じなかった。また錯覚でもなく、幻でもないと確信していた。

 純白の女の頭上に花咲く紅色の椿。ときおり時間の流れが滞ったかのように、ゆっくりと花弁が舞い落ちる。

一つ、二つ、また一つ。

 女の髪が風にあおられた。切れ長の眼差しに柳の眉。薄い唇の口角をあげ、女は告げる。

「私を守ってくださいますか」

 障子もあるし、声の届く距離ではない。それでも西本の耳には、はっきりとそう聞こえたのだった。

 朝、西本は自分の部屋で目覚めた。前の晩の飲み過ぎで、頭がガンガンと早鐘を打つ。

 布団から出て綿入れをはおると、部屋の前から声がする。

「おはようござんす。火鉢をお持ちしましたで」

 扉を開けると、宿屋の女中が熾った炭を入れた火鉢を抱えて入ってきた。

「朝ごはんは、どうなされますで」

「いや、朝食はいい。けど、みそ汁は飲みたい」

「飲み過ぎですやろか。身体に障りますで」

 小太りで赤ら顔の女中は、そう言いながら部屋の真ん中に火鉢を置く。

「お布団はあげますか?」

「いや、敷いたままにしといてくれ。また寝るかもしれないから」

「わかりました。けんど、ほどほどにせんと身体に障りますで」

 女中の年齢は17、8くらいだろう。西本より20歳以上は離れている。しかし、その言葉づかいといい、仕草といい、中年女のようだと西本は思う。

「ほな、おみおつけだけお持ちしますで。ほんま、ほどほどにせんと身体に障りますで」

 自分の身を案じていってくれているのだろうが、同じ言葉のくり返しに、西本はうんざりとしてしまった。

 やがて女中が部屋を出ていくと、西本は火鉢の前にあぐらをかき、炭火でタバコに火をつけた。

「あれは、いったい……」

 西本は昨夜のことを思い出す。

 立春を間近に控えても、寒さはまだまだ厳しい。とくに、この宿は山の中にあるため、冷気は街中の比ではない。

 そんな中、薄衣をまとって立ちつくす女。

 人ではないのかもしれない。幽霊、物の怪の類かもしれない。

 だが、西本に恐怖はなかった。それどころか、魅入られてしまう感情を得る。

 西本は文筆を生業としている。稀有な体験は、それだけで作品の肥やしになる。この宿に逗留しているのも、なかなか筆の進まない状況を打破するため、環境を変えてみようと思い立ったからだ。

「それにしても……」 

 女のつぶやいた言葉の意味がわからない。「守る」とは、だれを何から守ることなのか。女は何から自分を守ってほしいのか。そして、自分は女の要望に応えることができるのか。

 両切りのタバコが、はさんだ右手の指近くまで燃え尽きた。西本は火鉢の中へ、吸い殻を放り込む。

「おみおつけお持ちしましたで」

 部屋の前で声がする。西本が返事をするとふすまが開き、さっきの女中が姿を見せた。

 深夜、寒々とした部屋の中で西本は原稿用紙を前にして頭をかかえていた。

 どうしても筆が進まない。酒の力を借りてアイデアが浮かんでも、すぐに昇華してしまう。

「ダメだ!」

 西本は頭を掻きむしり、畳の上に転がった。

 ぶら下がる裸電球と文机に置かれた電気スタンドの光が、天井の板にまだらの影絵をつくる。板目の模様が人の顔に見えるものもある。

 呆然とながめていた西本は、女のことを思い出した。

 涼し気な表情に妖艶なたたずまい。その声色は、澄み切ったガラスの棒を軽くたたき合わせたように、はかなく甲高い。

「きょうもいるかもしれない」

 西本は身を起こし、部屋のふすまに手をかけて廊下に出る。

 月の明かりが磨き上げた床を照らしていた。ガラス障子の向こうには、昨夜よりも若干欠けた月が浮かんでいる。雲はなく、それだけ庭のようすも明るく見える。

 綿入れの袖に両手を差し込んで腕を組み、西本は庭を見た。

 月光の中で、椿の木は生命の息吹を感じさせながら屹立している。深い緑色の葉も、この夜ははっきりと見て取れる。

そして、繚乱する紅の花。

 だが、そこに女の姿はなかった。

「やはり見間違いだったのか」

 現実だと認識したはずなのに、西本の記憶はあいまいとなる。酒精に見せつけられた幻だったのかもしれない。西本は、そんなふうにも思う。

 苦笑を浮かべ、西本は部屋に戻ろうと踵を返した。そのときだった。

 廊下の突き当りに人影がある。白い着物を着た女の姿。

「あ……」

 西本は立ちつくしたまま言葉をなくす。

 女は静かに、すべるように移動して西本の前に近づいてきた。足がすくんでしまい、西本は身動きできない。

 女は西本の眼前で立ち止まると、薄い笑みを浮かべてささやいた。

「守ってくださいますか? 私を」

 拒絶ができる雰囲気ではない。西本は黙してうなずいてしまう。その表情を見た女は、艶然とほほ笑んで告げる。

「では、まいりましょう。ご一緒に」

 女は横をすり抜けて進む。そして、西本の部屋の前に到着すると、ふすまも開けずに中に入った。

 部屋の中に女はいた。西本は、自分の目ではっきりと確認した。

 裸電球や電気スタンドは灯されたままだ。橙色の明かりの中で、女は直立している。

 西本は女にたずねた。

「あなたはいったい……」

 しかし、女はヒヤリとした笑みをこぼすだけで、質問に答えようとはしなかった。

 女は着物の帯に手をかけ、スルスルとほどきはじめた。露呈されたのは、雪のように真っ白な裸体。股間の陰りもなく、ふくよかな乳房の頂点にも彩りは見られない。

 女は唖然とする西本に近寄り、おおいかぶさりながら敷きっぱなしの布団の上に倒れ込んだ。

 女には体重が感じられなかった。空気を集約させたような圧力で、西本も布団にあお向けとなる。

女は西本の衣服を脱がす。身体を密着させても、女に温かさは感じられない。ただ、肌のなめらかさだけが、西本の素肌に伝わった。

 女は身体をずらして西本の股間に顔をうずめると、舌を伸ばして一物の先端を舐る。水滴を落とされたような冷感が、西本の筋肉を震わせる。

そのまま女は肉棒の全体をなぞり、陰嚢袋の裏から肛門との繋ぎ目もさぐる。

「ふふふふ、ふふふふ」

 女の淫妖な笑い声が、西本の脳内でこだました。と同時に、西本の神経は痛みや圧迫、温度の感覚を失い、歓喜の波だけを受け止めるようになる。

 徐々に屹立をはじめる西本を、女はほお張った。軟体動物が這いずり回るようなぬめりが興奮をうながす。

視線を落とせば、髪を乱しながらむしゃぶりつく女のようすがうかがえる。西本の視線を知った女は、漆黒の髪をかきあげて耳にかけ、呑みこむさまを見せつけた。

麗美な顔面に、醜悪な男根が埋没する。女は舌を絡め、よだれをたらしながら執拗に西本を責める。

膨張した西本をほお張り、頭を上下させる。抜き差しのたびに唇がまくれ、ぢゅぶちゅぷと淫猥な音がひびく。

内ほほの粘膜が一物に密着して摩擦をあたえ、動きを止めない舌がカリのくびれやサオにまとわりつく。

「ああ、ダメだ、そんなにしたら」

 西本は、女に到達を伝える。すると女は、顔面を押しつけて深い部分まで呑みこみ、ゆっくりと首を上げて西本を抜き取った。

「さあ、私を差し上げます。存分にご賞味ください」

 女は西本にまたがって、業物の先端を秘部の割れ目にあてがう。そのまま、そろりそろりと腰をおろし、全体を内部に迎え入れた。

「あああ、いい、あああん、いい」

 女は背中を反らして身を躍らせながら、部屋中にひびきわたるよがり声を出す。豊かな胸乳がたっぷりと揺れ惑い、髪の毛の1本1本が宙を舞う。

 西本は陶酔の渦にまみれていた。肉体が質量のある液体にもまれ、浮き沈みする感覚を堪能する。

 女に突き刺さった陽根は無数の肉粒による刺激を受け、ざわざわとした喧騒が包皮に密着して喜悦をあおる。肉筒に充満した女の蜜が、粘着質の膜となって根元から先端までをおおいつくし、摩擦でとろけて染み込んでくる。

 女は前かがみになって、西本の口をふさいだ。舌を伸ばして唾液を注入し、上あごや歯茎を細かくぬぐう。

「どうですか、私はどうですか?」

「いいです、すごくいい」

「ならば、もっとよくしてさしあげましょう」

 女の膣圧があがる。手のひらで握りしめられるような力強さが、西本の芯まで伝わってくる。

 女の律動で、肉襞がずりゅうずりゅうと這いずりまわる。女が腰を回転させると、やわらかくねじれながら内部を攪拌する。

「ああ、もうだめだ、もう……」

「出るのですか? いいですよ、出してください」

「このままでいいんですか」

「はい、大丈夫です。私の中にあなたの精を存分にそそぎ込んでください」

 西本の終わりを知った女は、動きを激しくした。ぢゅぶじゅぶ、くちゅくちゅと愛蜜があふれ出し、締め付けが一層強まる。

「ああああ、あああああ、私も、私もイキます。あああああ、イク、気がイッてしまう」

 あごを上げてのけ反り、女は突き刺さった部分を見せつけるように抽送をくり返す。西本は精液だまりの暴発を感じ取りながら、勢いのある精液を女の胎内に吐き出したのだった。

「お客さん、食べんと身体に障りますで」

 ほとんど手を付けていない料理を片付けながら女中はいう。

「いいんだ、放っておいてくれ」

「顔色も悪ぃし、いっぺんお医者さんに診てもらったほうが」

「いいんだ、大丈夫だから」

 西本は語気を強めていう。女中はブツブツ文句をいいながら部屋を出た。

 あの日以来、深夜になると女は西本の部屋を訪ねてきた。西本は女を抱きしめると、その美肉をむさぼった。

 射精と同時に西本は意識を失い、目覚めると女の姿はない。食欲もなくなり、頭の中が混濁し、原稿に手をつけることもできない。

 それでも西本は女を待った。歓喜の中で命を落とすのであれば、それでもいいと思いはじめている。

「人生なんて、しょせんは夢物語。そうだ、それをあの女は教えてくれる」

 数日後、宿の中庭に多くの人がやってきた。女中に理由をたずねると、椿の老木を伐採するという。

「お客さんに話してなかったですけ。ちょっと前から決まってたことですけ」

「ちょっと前って」

「それは……」

 女中が告げたのは、西本が椿の側に立つ女を見つけた日だった。

 西本は庭の様子を見つめた。数人の職人が椿にチェーンソーを当てる。

「キィーーーーーー!」

 その途端、断末魔の叫びが西本の鼓膜を揺るがした。

「まさか……」

 西本は目を凝らして椿のようすを見る。そこには胴体を切り刻まれ、血まみれになった女の姿があった。

「ウソつき! 守るっていったじゃないか! 守るって約束したじゃないか! ウソつき! 大ウソつき!」

 女は血走った目を吊り上げ、口から血の泡を吐きながら怨嗟の声を上げる。白い着物は鮮血で染まり、伐採の作業が進むに従い、はらわたが血飛沫を上げてはみ出してくる。

「やめろ、やめろ、やめてくれ……」

 西本はつぶやく。大声を出しても無駄なのは百も承知だ。西本に作業を止めさせる権利はない。

女の悲鳴や瀕死の姿に気づく者はいない。植木職人たちは手を止めず、淡々と仕事をこなしていく。

 やがて椿は切り倒され、根も掘り返された。女は舞い散った椿の花にうずまり、やがて姿を消した。

その日から、西本の部屋に女はたずねてこなくなった。筆は遅々として進まず、原稿用紙は白いままだ。

【長月猛夫プロフィール】
1988年官能小説誌への投稿でデビュー。1995年第1回ロリータ小説大賞(綜合図書主催)佳作。主な著作『ひとみ煌きの快感~美少女夢奇譚』(蒼竜社)/『病みたる性本能』(グリーンドア文庫)/『19歳に戻れない』(扶桑社・電子版)ほか。

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