Catch Up
キャッチアップ
この官能小説は、現在50代から60代の方々の若かりし時代を舞台背景にしています。貧しかったけれど希望に満ち溢れていたあの頃、そこには切なくも妖しい男と女の物語が今よりも数多く存在しました。人と人とが巡り合う一瞬の奇跡、そこから紡がれる摩訶不思議な性の世界をお楽しみください。 編集長
【ビデオからあらわれた不思議少女】長月猛夫
まだビデオデッキが高価だった時代、岡田の実家にはリビングに1台しかなかった。そのため、録画したテレビ番組やレンタルしてきた作品を観るときは、家族の目が届くことになる。
だが、岡田がどうしても観たかったのは、映画やドラマやドキュメンタリーなどではない。ずばりアダルトビデオだ。
自分専用のビデオさえあれば、好きなときに好きなだけ鑑賞することができる。目的は、もちろんオナニーによる性欲解消である。
「大学生になって一人で暮らすようになれば……」
18歳の少年は、常にそんなことを思い描いていた。
やがて岡田は高校を卒業する。進学先は都心にある大学だ。通学のためにアパートでの下宿が決まり、岡田は念願の一人暮らしをはじめた。
生活に必要な家電製品は両親がそろえてくれた。ただ、その中にビデオデッキはふくまれていない。
そこで岡田はアルバイトをし、カネを貯めて10数万円のデッキを買う。SONY製で規格はベータ。
早速、近くのレンタルビデオ店の会員となり、初めて借りたのがロマンポルノだった。
アダルトビデオも普及しつつあったが、購入するとなれば1本の価格は1万円近くし、レンタルであっても1000円以上する。だが、ロマンポルノの旧作なら比較的安価だった。
ウキウキしながらアパートに戻り、再生ボタンを押すとタイトル画像があらわれ、ストーリーは進む。面倒な部分は早送りし、ベッドシーンまで進める。
そんな作業をしながら、岡田の興奮はピークに差しかかっていた。股間の一物は怒張し、ズボンやブリーフを突き破らんばかりの状態だ。
ティッシュをかたわらに置き、岡田は下半身を露出させてテレビの画面に食い入る。美麗な女優が全裸で悶え、喘ぐ姿を注視しながら屹立した男根をしごく。
射精を調整しながら、岡田は女優がエクスタシーを迎える瞬間を待った。そして女優がのけ反って達したと同時に、勢いのあるほとばしりを放ったのだった。
その日を境に、ビデオを観てのオナニーは岡田の日課となった。3日に1度はレンタル店をたずね、1時間近くかけて作品を選ぶ。予算的には1本が限度だ。
午前と午後は大学で講義を受け、夕方からはアルバイトにはげむ。そして夜な夜な、ビデオを観ながら自慰にふける。
そんな生活を送り、12月が訪れた。
クリスマスイブの日、アルバイトから帰る途中の岡田は、電柱の下にある紙袋に気づいた。
「なんだろ?」
昼からの曇天は、夜になってみぞれに代わっていた。バイト先で借りたコウモリ傘をさしながら、岡田は袋に目をそそぐ。街灯の光に照らされた袋は、みぞれに打たれて端が破れ、中から黒いプラスチック製のものがのぞいていた。
岡田はしゃがんで袋から中の物体を取り出す。
「ビデオ?」
それはベータ規格のビデオテープだった。
テープは巻き戻されている。ラベルは貼られていないので、新品なのか何かが録画されているかはわからない。
「映るのかな」
岡田はテープの裏と表を確認する。少し濡れてはいるが、さほど問題はなさそうだ。
「おもしろいものが録画されてたらいいな」
岡田は、そんな軽い気持ちでテープを持ち帰った。
部屋に着くと拾ってきたテープをデッキに挿入する。再生ボタンを押すと、テレビの画面は砂嵐状態になる。
「な~んだ、何も録画されてないのか」
しばらくながめていても、画面が切り替わるようすはない。期待をはずされた岡田は、停止ボタンを押そうとした。
そのとき、急に画面が変わった。
一面が真っ暗になり、やがてモヤのようなものが浮かんでくる。目を凝らすと、人の顔のようにも見える。
「な、なんだ……」
モヤは次第に輪郭を整え、はっきりとした映像となる。それは女性の顔だった。
「こんにちは。初めまして」
ほほ笑みを浮かべた女性は、正面を見て話しはじめる。
「わたしリコ。あなたは?」
名前をたずねるリコと名乗る女性。
「オレは岡田」
リコはカメラに向かって語りかけているにすぎない。黙っていても、勝手に話し続けるだろう。
だが、岡田は返答をした。友人もなく、孤独な岡田には独り言をいう癖があった。
「岡田正明だよ」
リコに調子を合わせてしまって苦笑する岡田。するとリコはいった。
「岡田さんですね。よろしく」
岡田は驚愕した。リコはカメラではなく、実物の岡田に向かって話していたのだ。
「リコは17歳。岡田さんは?」
相変わらずの笑顔で話すリコ。岡田は声を出すことができずにいた。
「あれ? どうして教えてくれないの?」
リコは首をかしげて不満そうな表情になる。岡田は状況がうまく呑み込めず、ポカンと口を開けてしまう。
「そうだ、リコのこと信じていないのね。そんな顔をしてるよ。じゃあね、先に自己紹介するね」
身長は153センチ、スリーサイズは上から86・58・88、血液型はO型。
「カップはE。お尻の大きいのが悩みなんだ」
岡田はテレビを見つめたまま、まばたきも忘れて口は開けたまま。どういう仕組みで、このようなことが可能なのか理解できない。
「どうしたの? 岡田さん、リコのことがお気に召さないの?」
リコは悲しそうな表情を浮かべた。
岡田は、改めてリコを確認した。目はつぶらで、鼻と厚みのある唇は小さい。顔の輪郭は丸く、髪の毛は短く、表情と舌足らずな声に幼さがかいま見える。
「いや……」
岡田は、それだけをいうのがやっとだった。
「そうだ、リコの全部が見たいんだ。じゃあね」
リコはチョコチョコと後ずさりをした。
メイドの衣装を着たリコは、たしかに小柄でポッチャリ体型だが、胸の盛りあがりは大きい。岡田の好みのタイプといえる。
リコはその場で1回転をし、ふたたびチョコチョコと歩いて画面に迫った。
「どう? リコのこと気に入った?」
「あ、ああ……」
「やったー! うれしい。じゃあね、いまからそっちへ行くね」
「え?」
「ビデオから出て、そっちへ行くね」
途端にリコはもとのモヤの状態となり、画面は砂嵐に戻った。
「なんなんだ、いったいなんなんだ」
ザーザーと音を立てる画面を見たまま、岡田はつぶやいた。
「なんだよ、こっちへくるって。本当かよ」
「本当よ」
背後から声がする。驚いた岡田は、恐る恐る振り返る。
そこにはリコが立っていた。
「うわ!」
岡田は声をあげた。するとリコは、ほほをふくらませて不満の表情を浮かべる。
「そんなに驚かないでください。まるでリコがお化けか幽霊みたい」
「け、け、けど……」
「リコはお化けじゃないです。足はあるし、髪の毛も3本じゃないし、空も飛ばないし、イヌはちょっと苦手だけど」
リコはスネながらいう。その愛らしい仕草に冷静を取り戻した岡田は、リコを見あげながらいった。
「本当にいるの?」
「はい。リコはちゃんといますよ」
「どこからきたの?」
「う~ん、ビデオの中から、かな?」
岡田の頭の中が混乱をきたす。リコはいったん岡田から視線をはずし、その場に腰をおろした。
「リコからも質問してもいいですか?」
「あ……、ああ、うん」
「岡田さん……、なんかよそよそしいね。正明さんでいいですか?」
「うん」
「お仕事は?」
「大学生」
「お歳は?」
「19歳」
「きょうはイブなのにお一人ですか?」
「うん……」
「寂しいですね」
大きなお世話だ。岡田は思った。
たしかに街は華やいでいる。子どものころには、家族でツリーを飾り、鶏の骨付きもも肉を食べ、ケーキをほおばった。だが、遠いむかしの思い出だ。
大学生活も8か月が過ぎた。周囲を見まわせば、学生たちは華やいだキャンパスライフを謳歌している。サークルやコンパで女の子と知り合ってつき合い、校内でイチャイチャする輩も増えた。
岡田は、そんな連中から取り残されている。特定の彼女をつくることはもちろん、風俗の経験もない童貞だ。
「普段はなに……」
そのとき、リコはテレビの横にあるポルノのビデオテープを見つけた。そして、すっと岡田の横を通って手に取る。
「わあ、こんなの観てるんだ」
岡田はあわてて奪い取ろうとしたが、リコは素早く身をかわした。
「こんなの観て、なにしてるんですか?」
「人の勝手だろ」
「オナニー、してるんですか?」
リコは四つん這いで岡田ににじり寄り、顔を近づけてたずねる。間近に迫るリコの雰囲気に圧倒されつつ、岡田は顔をそむけてしまう。
「じゃあ、きょうはリコがお手伝いしますね」
「え?」
「リコが正明さんのオナニーのお手伝いをします」
畳の上に正座したリコは、衣装に手をかけて脱ぎはじめようとした。
「え? ちょっ、ちょっと待って」
「どうしてですか?」
「どうしてって」
わけがわからない。いきなり姿を見せた女の子が、自慰の手伝いをするといい、服を脱ぎはじめる。
近づいたときに体温を感じたし、女性特有の甘いにおいも嗅いだ。だから、リコは実在する人間だ。
ただ、どのようにして姿をあらわしたのか、そもそも正体は不明のままだ。
「いったい全体……」
逡巡する岡田。そのすきに、リコは上着を脱ぎ、下着姿となった。
ビデオは再生状態のままだ。ただ、テレビの画面には砂嵐しか映し出されていない。ザーザーという雑音を聞き流しながら、岡田はリコの姿を見た。
白いブラジャーにフリルのついた白いパンティ。太ももの一番実った部分までの白いストキングは、同じ色のガータベルトで止められている。
「じゃあ、はじめるから出してください」
前屈して岡田を見あげるリコはいう。
「え? 何を?」
「オチンチン。出してくれないとお手伝いできません」
「ほ、本当にいいの?」
「はい」
リコは可憐な表情でうなずいた。
何が何だかわからないままだが、リコの半裸を見たときから興奮はたかぶっている。完全に勃起は果たしていないものの、股間はうずきをくり返す。
「じゃあ」
岡田はズボンを脱ぎ、下着をおろして股間をあらわにした。
「いつも、どうしてるんですか?」
「え? いや、手で握って」
「いつもどおりでいいですか? それともお口でしますか」
「いいの?」
「はい」
満面の笑みでリコはいう。もはや岡田にあらがう気持ちはない。
「じゃあ、せっかくだから」
リコは笑顔のままでうなずくと、岡田の一物に顔を寄せて舌を伸ばした。
先端にリコの舌先が触れた途端、岡田の前身に電流が流れ、瞬時に一物に血液が充満する。リコは怒張した男根のサオやカリのくびれ、根元の部分まで探る。
「大きいですね。そして固い」
つぶやきながら岡田を見あげ、やがて大きく口を開くとすっぽりと全体をほおばった。
「あああ……」
温かなぬめりでおおわれてしまう。リコは舌をうごめかしながら、ゆっくりと頭を振る。
岡田にとっては初めての体験だ。と同時に、あまりの心地よさで、すぐに暴発してしまった。
「ん! うん!」
いきなり放たれたザーメンの勢いに、リコは目を白黒させた。それでも肉棒を抜き取ろうとはせず、数回に分かれて発射する精液を最後の1滴まで受け止める。
「うん……、あん」
唇をすぼめて岡田を抜き取ると、リコは零れ落ちないようにあごに手を当てる。そして天井をあおいでのどを伸ばし、コクリと音を立てて飲み干した。
「うん、おいしい。でも、早い」
「ごめん」
心地よい虚脱と脱力を味わいながら、岡田はいう。
「謝らないでください。でも、不満じゃないですか?」
「不満?」
「だって、ほら」
岡田にしぼむようすはない。先に残り汁をにじませながら、ビクンビクンと痙攣をくり返している。
「まだ、シたいですか?」
「いいの」
「はい、時間内なら」
「時間内?」
岡田の問いにリコは答えず、あいまいな笑みを浮かべたままだ。
「リコに挿れたいですか?」
「え? いいの」
「はい、せっかくですから。リコも気持ちよくなりたいし」
そういうと、座ったままのリコはブラジャーの肩ひもに手をかけてずらす。右手で左、左手で右のストラップを落とすと、背中に両手をまわしてホックをはずした。
露呈された両の乳房は、神々しいほどの実りを誇示した。
白磁のような艶を放ち、深い谷間を描きながら丸い双丘がこんもりと空間を押し上げる。頂点に立つ乳首は薄い桃色で、乳輪の幅は狭い。
「さわっていいの?」
「はい」
岡田の問いかけに、リコは素直な返事をする。
岡田はゆっくりと手を伸ばす。指で乳首に触れ、手のひらで乳塊をさする。
「舐めてもいいですよ」
リコはいう。岡田は顔を近づけ、舌で全体をぬぐった。
「どうですか? リコのおっぱい」
「むううん、うむ、うん、最高だ」
「もっと好きにしていいですよ」
わしづかみにすると、指が食い込むほどにやわらかい。舐めるとかすかな甘さが感じられる。
むしゃぶりついているあいだ、リコは岡田の業物に手を伸ばして握りしめた。
「正明さん、また固くなってる」
「うん、うん」
「リコ、ほしくなっちゃって。挿れていいですね」
リコは岡田の顔を胸乳から離して立ちあがる。そして最後の1枚を脱ぎ捨てると、岡田に寄りそってあお向けに寝かした。
「リコが自分でするから、正明さんは何もしなくていいから」
リコは岡田にまたがり、自分の秘所に先をあてがう。そのままゆっくりと腰をおろすと、岡田の屹棒は根元までめり込んでいった。
「あ……、すごい、届く」
リコは腰を前後させながら、岡田の貫きを感じ取る。
「やん、すごい、気持ちいい」
律動をくり返すごとに、リコの中から蜜があふれ出てくる。くちゅ、ぐちゅと湿った摩擦音がひびき、岡田の情欲を駆り立てる。
岡田は身を起こし、リコを抱きしめた。リコは岡田と唇を重ね、全身を揺さぶる。
「好き、大好き、正明さん、気持ちいい?」
「ああ、すごくいい」
「リコのこと、好き?」
「大好きだ」
「うれしい」
ふたたび岡田を寝そべらせ、リコは激しく舞い躍る。リコの胸に手を伸ばしながら、岡田もリコを突き上げる。
「やあああん、いいいい、ステキ、リコ、変になっちゃう!」
「いいよ、気持ちいいよ、リコ」
「リコ、イっちゃいそう。正明さんは?」
「お、オレも、オレも」
「イって、出して、リコといっしょにイって」
「いいのか、このままで」
「大丈夫、大丈夫だから……。やああああん、イク、イッちゃうううう!」
リコは達する。岡田もリコの膣内で発射する。
そのとき、ビデオの再生が終わり、テープがデッキから吐き出された。と、同時にリコの姿が霧のように消えてしまう。
「え? え?」
射精後の余韻を楽しむ間もなく、リコがいなくなる。岡田は精液とリコの愛液で濡れたペニスを持てあまし。漫然とテレビを見つめるしかなかった。
夢のような時間というよりは、夢なのではないか。岡田はそう思う。しかし、リコとの痴戯の感触は、あまりにもリアルだ。
翌日の夜、半信半疑な気持ちで岡田はビデオを再生した。しばらく続く砂嵐のあと、リコはあらわれた。
「きょうも呼んでくれたの? うれしい。そっちへ行っていい?」
「もちろん」
リコは姿を見せる、そんなリコを岡田は抱きしめて押し倒す。
「やん、正明さん、大胆」
そういいながらも、リコは抵抗を示さずに岡田を受け入れた。
そんな日々が続いた。2時間でリコが消えると、岡田はテープを再生する。そして精力と体力の続く限り、リコの美肉を堪能した。
リコに溺れた岡田は、アルバイトを辞めた。もとより大学は長期休暇に入っている。毎日、それこそ朝から晩までリコとのセックスに岡田はふけった。年末になっても帰省することなく、リコに挿入した状態で新年を迎える。
「ねえ、正明さん」
ある日、リコはいった。
「毎日呼んでくれるのはうれしいけど、あまりしょっちゅうじゃ……」
「どうして? リコはオレのこといやになったの」
「そんなんじゃない、そんなんじゃないけど……」
リコは不安げな表情を浮かべた。
それでも岡田は、相変わらずリコと会うためにテープをまわす。
だが、その日はやってきた。
いつものようにビデオテープをデッキに入れ、再生ボタンを押す。いつも通りにテープはまわり、砂嵐があらわれる。
だが次の瞬間、デッキの中でガガガという異音がしてテープが止まってしまった。
「え!」
あわてた岡田は取り出しボタンを押す。そして、排出されたビデオを取り出すとテープは機械に絡まっていた。それを無理やり抜き出したとき、伸びたテープテープが切れてしまう。
「えええええ!」
岡田は接着剤を塗って修理しようとした。だが、切れた部分をつないでみても、ビデオの箱に戻すことはできない。
「リコ、リコ……、リコに会えなくなる、リコに会えなくなる」
焦る岡田。次の日に電気店にテープを持ち込んでみたが、修理はできないと断られた。
リコとの関係は終わった。同じようなビデオテープが落ちていないかと電柱の辺りを探してみたが無駄骨に終わった。
やがて、ビデオの規格はVHSに統一されてしまう。岡田のビデオデッキは無用の長物と化してしまったのだった。
- 【長月猛夫プロフィール】
- 1988年官能小説誌への投稿でデビュー。1995年第1回ロリータ小説大賞(綜合図書主催)佳作。主な著作『ひとみ煌きの快感~美少女夢奇譚』(蒼竜社)/『病みたる性本能』(グリーンドア文庫)/『19歳に戻れない』(扶桑社・電子版)ほか。
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