Catch Up
キャッチアップ
この官能小説は、現在50代から60代の方々の若かりし時代を舞台背景にしています。貧しかったけれど希望に満ち溢れていたあの頃、そこには切なくも妖しい男と女の物語が今よりも数多く存在しました。人と人とが巡り合う一瞬の奇跡、そこから紡がれる摩訶不思議な性の世界をお楽しみください。 編集長
【夏休みの幻 廃屋の女】長月猛夫
裏山の麓から頂にかけてうっそうと茂る杉木立。降りそそぐ木漏れ日の中を、白いランニングシャツに半ズボン、ズック靴姿の洋一は補虫網を持って歩く。
かすかに湿った山道の脇には濃い緑色の草が群がり、洋一が進むたびに名前の知らない昆虫が飛び出し、翅を広げて飛び立っていく。
コケの生えた岩の間からチロチロとこぼれる湧き水。水たまりの中には背中の黒い、腹の赤いイモリの姿がある。
しばらく歩くと木立が途絶え、黄緑色の雑草におおわれた空間がひろがった。
澄みわたった蒼空に真綿を集めたような入道雲がそびえている。太陽の光はまぶしく、ジリジリと空気を焼いていく。
プラスチック製の虫カゴをたすきがけにし、麦わら帽子をかぶった洋一は、崖にへばりつくようにして建つ一軒の家を見つけた。
「こんなところに……」
ところどころワラのはみ出た土壁に囲まれた平屋建て。屋根瓦は乱雑に並び、いまにも崩れてしまいそうな様相だ。
虫カゴの中には、道すがらつかまえてきたバッタやセミが入っている。バッタは糸のような脚をガサゴソとうごめかし、セミはときおりジリジリとオモチャのゼンマイを巻くような声を出す。
好奇心の強い洋一は、山道をはずれて家に近づいていく。人の住んでいる様子はうかがえないが、用心に越したことはない。
額から汗が流れ落ち、洋一のこめかみから目尻、ほほに伝っていく。ひざ丈ほどの雑草が、むき出しになった洋一の向こうずねやふくらはぎをくすぐる。
刹那の命を燃やすセミ時雨がひびく。洋一の靴を避けようとして地虫が跳ねる。
家のそばに到着した洋一は、手の甲で汗をぬぐって大きく息を吐いた。
高度経済成長期の日本は浮かれていた。どの会社も業績は右肩上がりで、まじめに勤めてさえいれば、年々給料はあがり、半年に一度必ずボーナスも支給された。
山野は切り崩されて家や団地が建ち、ニュータウンと称してもてはやされる。海が埋め立てられて工場が進出し、整備された道路ではトラックが我が物顔に走る。
そんな工場の煙突から吐き出されるばい煙やトラックの排気ガスが、洋一の呼吸器を蝕んだ。
喘息と診断されたものの、住む場所を変えるわけにはいかない。洋一の両親は、息子を襲った病魔を生む工場に勤務していたからだ。
呼吸すらままならない洋一は、せめて夏休みだけでも空気なきれいなところへ、という親の思いから母の実家へ預けられる。
田舎にある実家は、母方の祖母が一人で住んでいた。山の中腹にあって、周囲の空気は樹木や草の葉の芳香をふくむ。胸の奥まで吸い込めば、それだけで肺の細胞が洗われていった。
朝に宿題を済ませ、昼からは虫取りに出る。遅い午後に戻ると昼寝をし、目ざめれば井戸で冷やしたスイカを食べる。
日が暮れると五右衛門風呂につかり、祖母の手料理を食べながら、戦地で亡くなった祖父の話を聞かされる。毎日のように聞かされる思い出話を聞きながら、やがてウトウトと居眠りしてしまう。
喘息の発作も起きず、呼吸は軽やかで身動きも軽快だ。そんな日々を過ごしていた。
いつものように虫取りに出かけ、その日はいつもより山の奥まで足を延ばす。
洋一が見つけた家は、古びた農家のようであり、倉庫のようにも見える。だが、農機具の類は一切おかれていなかった。
壁に小さな窓があり、竹の格子がはめ込まれている。ガラスはない。入り口を閉ざしているのは、縦板を打ちつけた粗末な引き戸。その扉を開ける勇気を、洋一は持ち合わせていなかった。
家の周囲をまわってみると、崖との間に狭い空間があり、裏庭がしつらわれていた。ただ手入れはされておらず、伸び放題の夏草が地面を一面におおっている。
「あ……」
庭から家のほうを見た洋一は、思わず声を漏らしてしまった。
裏庭に面して縁側があり、扉は開け放たれていた。縁側の向こうには、襖の開かれた部屋がある。
洋一は女性の姿を見つけた。
薄暗い部屋の中央でひざをそろえて正座し、かすかにうつむいている。身に着けているのは半そでのワンピース。生地は水色で模様はアサガオの花柄だ。
漆黒の髪の毛は素直で長く、腰まで伸ばされている。髪に隠れて表情は判別できないが、細い腕が艶めかしく白い。
洋一は立ちつくしたまま女の姿を見つめた。女性は微動だにしない。生きているのか死んでいるのかもわからない。人ではなく人形かもしれない、と洋一は思ってしまう。
そのとき部屋の入り口側の障子が開き、男が入ってきた。男は床が抜けそうなほど足を踏み鳴らし、女に近づく。そして女の前で仁王立ちになると、いきなりズボンと下着を脱いで下半身をあらわにした。
女は男を見あげる。髪の毛が後ろに流れ、表情がかいま見えた。
前髪はまゆ毛の上で切りそろえられ、長いまつげにおおわれたひとみは切れ長。鼻先がツンととがり、唇は薄くて小さい。
男は女の髪をつかみ、顔面を股間に向ける。女は唇を開け、うなだれた股間の一物を吸い込むようにしてほおばったのだった。
日は陰ることを忘れていた。セミの声も鳥のさえずりも聞こえない。風は止まり、虫カゴのセミやバッタも身動きしない。
静寂が辺りを包む。洋一は瞬きもせず、男と女の行為を注視した。
男は女の頭をかかえて股ぐらに押しつける。女はいとうことなく、男の肉棒をしゃぶり続ける。やがて陽根は屹立し、男は乱暴な抜き差しをくり返した。
女は苦悶の表情を浮かべつつも、男の律動にしたがった。唇からはよだれがこぼれ落ち、糸を引いてワンピースのアサガオを濡らす。
洋一は、その行為の意味が分からなかった。たしかに幼い自分をいじってみると、妙な気持ちになることはある。だが、その感慨が何であるのかは不明だ。
男は光悦とした表情を浮かべている。小便を出す器官であるにもかかわらず、女は艶然とした表情で咥えている。
男の動きは性急となる。女は上半身をガクガク揺らしながら、ほおばったまま抜き出そうとしない。
「あ……」
男は短く声をあげると、かすかに下半身を痙攣させた。
男と女の動きは止まる。やがてゆっくりと男は女の口から抜き出す。
口をつぐんであごを天井に向ける女。男は下着を穿き、ズボンをあげて部屋から出ていく。
女は両手であごを支え、コクリとのどを鳴らした。
止まっていた風がなびいた。ザワっと揺らぐ杉木立からセミのけたたましい声がひびく。
呆然と立ちすくむ洋一。虫カゴのセミがジジッと声をあげた。
その声に女が反応を示す。女は半睡のひとみを洋一に向け、潤んだ視線を送る。
「いらっしゃい、ここへ」
声は聞こえない。けれど言葉が伝わる。
女は右手の小指で唇をぬぐい、その手で洋一を招いた。
洋一は庭の雑草を踏みしめて、女のいる部屋へと向かう。意志ではない。身体が勝手に前へと進みだす。
縁側までたどり着くと、女は重力を感じさせない動きで立ちあがった。そして、たたずむ洋一の手を取ると、中へ入るよううながす。
指の感触が冷たい。力がまったく感じられない。
洋一は逆らうことなく、靴を脱いで部屋にあがる。
畳はケバ立ち、壁にはこげ茶色にシミが浮かんでいる。それでも甘い匂いが濃厚に漂い、意識をもうろうとさせる。
「見たの?」
女は消え入りそうな声でたずねた。
「はい」
洋一は素直に答える。
「いけない子。のぞき見するなんて」
「ごめんなさい」
「お仕置きしてあげる」
女は洋一の足を前に投げ出させた。そしてズボンとブリーフを脱がすと前屈みになり、小指ほどの幼根を吸い込む。
「あ……」
その途端、洋一の神経が逆立った。
女の舌が微妙にうごめき、洋一に絡みつく。ぬるりと唾液がまとわりつき、温かな体温で包まれる。
洋一のモノは徐々にふくらんでいく。それでも女の口腔には余裕がある。
女は洋一を転がし、吸いつきを強めながらもてあそんだ。
「ああ、ああ……」
太ももがしびれる。身体中の筋肉が重く震える。頭の中が混濁し、何度もまばたきをくり返してしまう。
「ああ、ああ、ああ……」
抜き差しの動きが早くなると、洋一はそれに合わせて声をあげてしまった。
女の髪が乱れて下半身に降りそそぐ。妖しいまなざしを向けながら、女は髪をかきあげ、洋一に突き刺さっているさまを見せつける。
「あああああ、ああああ、あ……!」
洋一の視界が真っ白に遮断する。脳髄が振とうし、全身がビクビクと痙攣する。
「うん……、ふふふ、イッたの?」
射精はなかったが、洋一の様子を見て女は察した。
「まだよ」
「え?」
「まだよ、お仕置き」
そういって女は立ちあがり、着衣を脱ぎはじめたのだった。
ワンピースの下に下着はつけていなかった。肌の色は透明に近いほど白い。照明もなく、直接日光の差し込んでこない部屋の中で、女の姿はぼんやりと浮かびあがって見える。
体躯はか細く、胸のふくらみも薄い。乳首は、肌に少しだけ朱を加えたような色合いだ。
手足は長く、きめ細やかな素肌が白磁のような艶を放つ。股間に陰りは存在せず、ゆるく閉じた左右の肉唇が露呈されている。
女は洋一をあお向けにする。洋一に現実の感覚はない。まるで夢の中にいるような気分に浸る。
女は洋一のランニングを脱がし、少年の印を手に取ってまたがる。そのまま肉の裂け目にあてがい、腰を前後させてこすりつけた。
「気持ちいい? まだ、わからない?」
女の指摘は適格だ。心地よさがあったとしても、性的な快感だと認識する知識はない。
それでも淫唇の柔軟な感触と、にじみ出た雌汁の粘り気を受けて、洋一は膨張し、天を向く。
女は前屈して洋一の胸板に舌をはわせ、米粒大の乳首を舐る。そしてそろりと、内部へと導いた。
「あう……」
洋一はだらしない声を出す。口の潤みとは異なる粘りが、全体をおおう。
肉襞がやさし気に締めつけ、蜜の熱さが染み込んでくる。女が腰を上下に揺らすと、洋一の包皮がズリュズリュとこすれる。
「ああ、いい、ああああ、いい……」
女は切ない声を漏らした。腰を振り、上半身を躍らせ、喜悦に酔う。
花弁の唇を伸ばした舌で舐め、両手の平を胸乳においてわしづかみにする。
乱れる髪は絹糸のように舞い、一本一本が宙を割く。肉体の輪郭が昇華し、実在があいまいと化す。
「ああ、ダメ、もう、ダメ」
女はそうつぶやくと動きを停めた。その瞬間、洋一はほとばしりをともなわない頂点を得たのだった。
事後に洋一は昏睡した。目覚めたときは日が西に傾き、ジージーと夜の虫が鳴き始めている。
真っ裸の洋一は、部屋の中を見まわす。女の姿はない。
恐怖とおぞましさをおぼえた洋一は、大急ぎで服を着て、家の外へ飛び出した。
遅い帰りに祖母は心配し、どこで何をしていたか執拗にたずねる。しかし、洋一は答えることができなかった。
次の日、洋一はやはり虫取りに出かける。というのは祖母に対する口実で、本当はあの家の存在を、そして女の正体をたしかめようとしたのだ。
草深い山道をたどって、廃屋同然の家があった場所に出る。
家はあった。同じたたずまいを見せていた。
裏にまわって庭に入る。縁側は雨戸で閉じられている。それを力任せに開けてみる。
部屋の中は荒れ放題で、畳も敷かれてなく床が抜け、天井からはクモの巣が垂れさがっていた。
もちろん、あの女の姿はなかった。
- 【長月猛夫プロフィール】
- 1988年官能小説誌への投稿でデビュー。1995年第1回ロリータ小説大賞(綜合図書主催)佳作。主な著作『ひとみ煌きの快感~美少女夢奇譚』(蒼竜社)/『病みたる性本能』(グリーンドア文庫)/『19歳に戻れない』(扶桑社・電子版)ほか。
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