Catch Up
キャッチアップ
この官能小説は、現在50代から60代の方々の若かりし時代を舞台背景にしています。貧しかったけれど希望に満ち溢れていたあの頃、そこには切なくも妖しい男と女の物語が今よりも数多く存在しました。人と人とが巡り合う一瞬の奇跡、そこから紡がれる摩訶不思議な性の世界をお楽しみください。 編集長
【母親に売られた18歳】長月猛夫
駅前にはパチンコ屋がならび、商店街から一歩外れた裏通りには、雀荘に玉突き屋、喫茶店が軒を連ねている。
路地の横丁に入れば、スナック、バー、小料理屋に焼き肉屋。2駅先には競輪場と競馬場がある。
武弘は、そんな街で生まれて育った。
生家の生業は駅前旅館。経営者である祖母はもちろん、母親も一日中忙しくしている。父親は武弘が3歳のときに家を出て、いまは行方がわからない。
武弘は病弱な体質で、身体を動かすのは苦手だ。そのせいもあって、学校から戻っても同級生たちのようにソフトボールやサッカーに興じることはない。
友だちもほとんどいなく、いつも一人で遊んでいた。
「武坊、なにしてんの?」
旅館の玄関口にうずくまり、地べたを見ていた武弘に、だれかが声をかける。武弘が見あげると、そこにはほほ笑みを浮かべた香織がいた。
「あ、アリやね」
香織も武弘のとなりでひざを折り、アリの行列をいっしょにながめる。
「武坊、アリ好きなん?」
「別に……」
「そうなんや。ウチは好きかな」
「そうなん?」
「ウン、こんなちっちゃいのに一生懸命働いてる。虫でもなんでも、頑張ってるのは偉いと思う」
香織は18歳。武弘より7歳年上だ。母親はスナックを営んでいて、香織は中学を出ると同時に店に出ている。勤めの前に銭湯へ行くつもりなのか、タオルと着替えの入った巾着袋を手にしていた。
武弘は、香織の横顔を見た。
純白の肌は早春の陽光を受けてつややかな光沢を放ち、うなじが隠れる程度に伸ばされた髪は、ガラスの粒をまぶしたようにきらめいている。
まぶたには小鹿に似たまつ毛が生え、唇は小さく厚く、かすかに潤んだひとみからは年齢にそぐわない色香がうかがえる。それでも、豊かな頬とつんと上を向いた小鼻に、少女の面影が残されている。
武弘はしばらく、そんな香織を見つめていた。
「そうや」
突然、何かを思いついた香織は視線を武弘に向ける。孝弘はあわてて、目をそらす。
「武坊、ジュース飲みに行けへん?」
「え?」
「ウチものど乾いたし、いこいこ」
香織は武弘の手を取って握りしめ、立ちあがる。やわらかで、少し冷たい感触に、武弘は胸の高鳴りをおぼえてしまったのだった。
商店街の途中にある喫茶店。客席は1階と2階に分かれ、平日の遅い午後だというのに満員状態だ。
黒いワンピースに白い前かけをしたウエイトレスが注文を取りにくる。武弘と香織はミックスジュースを頼む。ウエイトレスは店の奥にある厨房にオーダーを告げ、バーテンがそれを引き受けた。
「ジュースだけでよかった? パフェとかプリンとかホットケーキもあるよ」
「ううん、ジュースだけでええ。こんな時間に食べたら、晩ご飯食べられへん」
「そうかぁ……」
しばらくして、ジュースのグラスが運ばれてくる。武弘は紙袋に納まったストローを取り出す。ストローは蛇腹がついていて、飲み口の折れ曲がるフレックスタイプだ。
武弘は珍しそうにストローを見た。
「こんなストロー、初めて?」
「うん」
ジュースに差し込み、必要以上にストローを折り曲げてみる武弘。そんな武弘の様子を、香織は慈しみの笑みでながめた。
「そうそう、武坊、作文で賞とったんやてね。おばちゃん、自慢してた」
「そんなん、大したことちゃうし」
「そんなことない、すごいことや。それに勉強もできるって」
「そやけど足遅いし、ドッチボールでもすぐに当てられるし、ソフトもどんくさいし」
「大人になったらな、ドッチとかソフトとかできるより、頭のええ人が勝つんよ。そやから武坊、もっともっと勉強して偉なって、新聞とかテレビとかに出るようになって。それを見てウチが自慢すんねん。この人、ウチの近所に住んどったねん、ウチといっしょにジュース飲みに行ったこともあんねんで、て」
武弘はまじまじと香織を見る。香織の表情は相変わらず穏やかだ。
そのとき二人のテーブルの横を、二人連れの男が歩いていった。男の一人は香織に気づき、声をかける。
「おう、香織ちゃうんか。なんや、これから風呂か」
香織は作り笑いを浮かべて男を見る。
「ちゃんとオ×コ、洗とけよ。そのうちワイが舐めちゃるさかい」
男は品のない笑い声をあげて、その場を離れる。香織は、険しい表情で二人の後姿を見送った。
横丁の地面は、いつも濡れていた。換気扇からは、女の香水と男たちの欲望の香りがまじりあって吐き出される。
どこからともなく聞こえる嬌声。原色の看板がまたたく中を、大事そうにギターをかかえた流しが通り過ぎる。
「ほんまヒマやなぁ、きょうも坊主とちゃうか」
カウンターの中で、香織の母親、つた代はタバコをふかしながらいう。
「なんで、ウチの店だけヒマやねん」
「お母ちゃんが、いつもベロベロになるから違う?」
着飾った香織はいう。
「客からつがれて断ることもでけへんやろ。それに、あんたは飲まれへんやし」
「ウチが飲まれへんのは、きのう、きょうの話しちゃうやん。それにお母ちゃん、酔うたら絡むし」
「酒癖の悪いのは、きのう、きょうの話とちゃうわ」
つた代は灰皿にタバコを押しつけてもみ消し、すぐに新しい1本に火をつける。
香織はサナギから羽化し、蝶に姿を変えていた。
胸元の大きく開いたドレスを身に着け、唇は真紅のルージュで彩られている。首からぶらさげられたネックレスは、胸の谷間に垂れ落ち、裾がくるぶしまであるスカートには、太ももがあらわになるスリットが入っている。
「それよりアンタ、こないだの話、考えてくれたか?」
「いややっていうたやん。なんでウチが、あんな人に抱かれやなアカンの」
「1回だけでええっていうてるやん。1回だけ我慢したら、ウチの借金チャラになるんやし」
「お母ちゃん」
「ん?」
「実の娘、借金のカタにしても平気なん?」
「なにいうてんのん。ウチなんか15の年に、お父ちゃんの借金代わりに抱かれたで」
「それで平気やったん?」
「う~ん」
つた代は考え込んでしまう。
「お母ちゃん、借金ってなんぼほどあんのん?」
「5万」
「ウチもえらい安ぅ見積もられたもんや」
「そやけど、気に入ったらパトロンになってくれるっていうし。この店、買い取ってくれるて」
「店、手放すのん?」
「違う、違う、パトロンや。オーナーになってくれるんや。売上わたして、ウチはお給料もらう。もちろんアンタの分も」
「ほな、お母ちゃんが抱かれたらエエやん」
「ウチみたいなおばはん、だれが相手にするかいな」
そのとき、店のドアが開く。香織は椅子から降りて出迎えようとするが、客ではなく流しだった。
「すいまへん、よかったら1曲……」
「アンタ、店の中見て気ぃつけへんか。客もおれへんのに、だれが下手くそな歌聞くかいな」
「下手くそって、ママさん、それはあんまりでっせ……」
年老いた流しは、いまにも涙を流さんばかりの表情だ。
「すいません、お母ちゃん、口が悪いさかい。また今度、お客さんがおるときにお願いします」
香織がとりなし、流しはブツブツ愚痴を吐きながらドアを閉めた。
終電を逃した酔っ払い、競馬・競輪のレースに合わせて全国をめぐる根無し草、店がはけたあとのホステスを連れ込む邪な好き者が、旅館の主な客だ。
加えて、パチンコやマージャンで稼いだ小銭を目当てに、春を売る女も利用する。そんな女たちは、昼夜関係なく男を誘っては休憩でしけこむ。
武弘と母親の住む部屋は、庭にしつらわれた離れがあてがわれ、2階にならぶ客室からは距離がある。
客室は合板でつくられた安普請の扉でしかさえぎられていない。その気になれば、ドアのすき間から中をのぞき見することはできる。
小学校5年の武弘は、性的なものに興味を持ち始める年ごろだ。家の前で遊んでいて、男と女が腕を組んで旅館の玄関をくぐっていく姿を見ると、これから何を始めるのかに気が向いてしまう。
その日、アリの行列をながめていた武弘は、旅館に入っていくアベックを見た。いつものことだ、と見過ごそうとしたが、女性のほうに見おぼえがある。
香織だった。
帽子を目深にかぶり、サングラスをかけ、いつもなら昼間に着そうもないドレス姿だったが、まぎれもなく香織である。
男は香織の肩を抱き、ときおり表情をながめては卑猥な笑みを浮かべる。香織はうつむき加減のまま、男に従う。
武弘は、そんな香織の姿を呆然と見あげた。香織はサングラス越しに武弘を一瞥し、玄関の中に消えていった。
男と香織の姿が完全に見えなくなったとき、武弘は旅館の中に飛び込んだ。ちょうど、母親が二人を案内し終え、階段をおりてくるところだった。
「ほんまに無体なこっちゃ。あんなエエ子を……。つた代さんに一言いわなあかんわ」
母親はつぶやきながら奥に入っていく。
武弘は足音を忍ばせて2階にあがった。そして、一部屋一部屋、扉に耳を押しつけ、香織がどの部屋にいるのかを探る。
「香織、よう決心したな。これでお母ちゃんの借金はチャラや。これからも付きおうてくれるっていうんやったら、悪いようにはせえへんで」
一つの部屋から、地の底から湧き出るような男の声が聞こえた。武弘は扉のすき間から、中の様子をうかがう。
畳に敷かれた布団の上に、帽子を脱いでサングラスをはずし、シミーズ姿の香織が座っている。その横に、シャツとステテコ姿の男が寄り添っている。
男は香織の唇を奪おうとした。それを香織は拒絶する。男は若干、不機嫌な様子を見せるも、香織のシミーズを乱暴にはぎ取ると、あお向けに横たわらせた。
「ええなぁ、若い子はええなぁ。肌がピチピチで吸いつくようや」
男は香織の全身をまさぐりながらブラジャーを取る。とっさに両手で乳房を隠す香織。男は続いて、香織のパンティをおろした。
「きれいや、きれいやで香織」
カーテンは閉められているが、完全に闇でおおってしまうほどの効果はない。部屋の中は昼間の白い光に満ちている。
純白の香織が、どす黒い男の肉体に押しつぶされる。まだ咲き誇るに早い桜色の乳首が舐られ、薄い栗色をした陰毛の中にゴツゴツとした指が埋没する。
「くん……!」
指が裂け目をかき分けたとき、香織はかすかにのけぞった。
「ええオ×コや、締めつけよる」
男は実りつつある胸乳に顔を押しつけながら、香織の秘部を攪拌したのだった。
「ああ、ええ感じや。ええ感じやで、香織」
香織の両脚を大きくひろげた男は、その間に腰を割り入れ、喜悦を満面に示していた。
香織の肌が淡い桃色に染まる。男の突き入れに合わせ、柔らかな部分が波打っている。
男は生身で挿入した。直前に香織がサックの装着を依頼したものの、男は拒否する。
「あとでションベンといっしょにひり出したら心配ない」
男は香織を抱きあげ、自分はあぐらをかいて上に乗せた。奥深い部分まで突き入れられた香織は、唇をかんで気がたかぶるのをこらえる。
「どうや香織、気持ちええか。気持ちええやろ。遠慮せんと、よさそうな顔せんかえ」
男はうながすが、香織はきつく目を閉じ、口を真一文字に結んでいる。
それでも、男の激しい抽送に負け、声を出してしまいそうになる。気がいきそうになり、魂が肉体から離れていく錯覚をおぼえる。
その一部始終を武弘は見つめていた。劣情の権化に蹂躙される香織を凝視した。
アリの行列をいっしょにながめ、ストローをもてあそぶ自分を慈愛に満ちた表情で見つめ、将来を楽しみにしているとの言葉を告げてくれた香織が恥辱されている。
「か、香織姉ちゃん……」
武弘は小さく香織の名をつぶやいた。そのとき、男のひざにまたがった香織が、うっすらと目を開ける。焦点のあっていない視線は扉のほうに向けられた。
香織が自分の姿を認めたかどうか、武弘にはわからない。だが、武弘は香織と目が合ったように感じられた。
そして、香織の唇が微妙に動く。声は出されていないし、出ていたとしても武弘の耳には届かない。
だが、武弘は香織の声が聞こえたように思う。
「ごめんなさい」
武弘はゆっくりと、その場を去った。目から、とめどもなく涙があふれ出ていた。
- 【長月猛夫プロフィール】
- 1988年官能小説誌への投稿でデビュー。1995年第1回ロリータ小説大賞(綜合図書主催)佳作。主な著作『ひとみ煌きの快感~美少女夢奇譚』(蒼竜社)/『病みたる性本能』(グリーンドア文庫)/『19歳に戻れない』(扶桑社・電子版)ほか。
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