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※はじめに
この連載は中高年の皆様に素晴らしき日本の性文化への憧憬をさらに深めていただくために、東京・吉原に書店を構える「カストリ書房」の店主・渡辺豪氏に毎回、お勧めの本や雑誌を紹介いただくものです。
カストリ書房は遊郭専門書店として2015年に誕生し、店主の渡辺氏は自らも遊郭、赤線、青線があった地域を巡って聴き取り調査や取材を行なっており、これまでに訪れた場所は約500箇所。現在も書店を運営する傍ら様々な日本の性文化に関する文献の考察やイベントを行なっております。
夕やけ大衆では、そんな渡辺氏が未来永劫残したい「性書」を厳選してご紹介いたします。さあ皆様、知識と誘惑の扉を開いてみましょう。
〈夕やけ大衆編集長より〉
第4回『パンツが見える』井上章一著(新潮社)
「人気グラビアタレント○○○○、ノーバン成功」
プロ野球の始球式で、人気女性タレントが投球したボールが、地に落ちずにキャッチャーが届いたことを指して、スポーツ系のネットニュースでは、こう伝える。
とりわけ老眼世代以上の男性が「ノーパン」と空目することを期待して、画面のリンクをクリックさせようとする手法である。
現在、ニュースサイトに限らず、営利を目的としたサイトのほとんどは無料で情報を提供しているが、エンドユーザーから閲覧料を徴収しない代わりに、掲載する広告から収益を得るというビジネスモデルによって成立している。したがって、この「ノーバン手法」は誤クリックであろうが、ともかくもユーザーの閲覧回数を増やして広告収入を延ばそうとするサイト側の狙いによって、繰り返し繰り返し、使い倒されている。
ネット上には、この手の釣り見出しに、「見飽きた」との声も散見されるが、飽くことなく繰り返し用いられている。それは、男性の尽きない「パンツ欲求」の表れだろう。
しかしなぜ男は女のパンツを見たがるのだろうか──
(おそらく、こう書くと「自分は別に見たくない」といった意見や、セクシャリティを持ち出されるかも知れないが、数の上では例外だ)
上の問いにこう答える向きも多い。「男の本能だから」と。
しかし実際には、男性が「パンチラ」に眼福を求めだしたのは、戦後70年間に過ぎず、本能とは別の働きでしかないことを、本書は解き明かす。
洋装は、戦前から都市生活では普及し出すが、全体的にはまだまだ和装が標準だった。そして、和装に「パンツ」は存在しない。
パンツとは、腰部や陰部、その付属品である陰毛を隠すために包み込む下着。
それまでは腰巻きと呼ばれる、腰部を筒状に覆っているだけの布だった。だから、和装の女性が立つ地面から空の方向に目線を置くことができれば、陰部が丸見えになる。パンチラどころかマンチラだった。
大正14年に銀座に松屋本店の建築物が竣工した。地上8階建ての当時としては高層建築の同百貨店の周辺には、いわゆるビル風が吹くようになる。
このビル風がマンチラの機会を増やし、またその機会を期待して、同百貨店を訪れる男性の増加を、本書が引く当時の好色記事は伝える。
そして、当時の女性はマンチラをある程度は「仕方の無いこと」として受容していたという。もちろん、一切の羞恥心を感じないのではなく、現在の羞恥心と照らせば、の話だが。
洋装生活の拡がりに伴って、腰部を包む下着「ズロース」が定着していった。聞き慣れない言葉だが、股繰りや股下が深く、短パンに見かけは近い。「ズロース」で画像検索して貰えば、分かりやすい。
その当時、こうした川柳も生まれた。
「つむじ風、惜しいがみんな履いている」
ときどき荒っぽい風が吹いてズロースが見えたところで、マンチラを知る世代にとっては何も嬉しくない。陰部を包む布が見えたところで、パンチラ文化は成立しないのだ。
それまで肌着に気を使う女性は少なかった。ズロースの所有数もせいぜい1〜2枚だった。一方で、下着に気を使う女性の層もあった。それは「玄人」と呼ばれる女性である。
戦後は進駐軍相手に身体を開くパンパンガールと呼ばれる娼婦であったり、ネオン街のホステスたちである。
上着としての洋装が定着すると、今後は下着にも関心が払われるようになった。昭和30年前後に下着メーカーの旗振りのもとで、下着ブームが起きる。
それまでデカパンのようであった腰部を包む下着が、個々人の体型に合うよう小型化され、レースやカラーバリエーションなど装飾性も豊かになった。ようやく現代人(特に男性が)が「パンティ」と呼べる代物ができあがりつつあった。
現代でも「女性が装飾的な下着を着るのは誰のためか?」といった議論が忘れたころに持ち上がり、「男ウケのため」、逆に「自分自身を着飾らせることが楽しいから」といった答えに二分される。おそらく理由はそのどちらもだろう。
さきほど飾った下着は娼婦やそれに準ずる者が例外的にいち早く取り入れていったと紹介した。結果、下着に娼婦性を見て取る向きがあった。
同時に、誰に見られるわけでもないが、自分の秘めた願望や、自分を美しく着飾らせたいという自己愛性も下着に求められた。
それまで「腰部を包む下着」に過ぎない布きれであったものに、自分の秘めた思いを仮託する存在に変わっていくと、女性は心の表れである下着を隠す必要に迫られる。例えば女性が電車で腰掛けると足を閉じ、斜めに足を流して視線を遮断するようになった。(ズロース時代は足を拡げて座る女性も多かった)
マンチラに比べたらありがたくもないパンチラも、女性が後生大事に隠そうとするようになって、ようやくありがたみが増してきた、と本書は伝える。
一方で2000年代から、「パンチラを隠そうとしない」女性像もメディア(特に男性向けメディアだが)が伝え始めた事実は興味深い。
自己への愛情が肯定的に語られ、セックスワーカーへの理解の拡がりと、この時期は一致する。
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『パンツが見える』井上章一著(新潮社)
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