Catch Up
キャッチアップ

このコーナーは官能小説家の長月タケオ氏が一般の中高年読者から寄せられた「性の告白」をご紹介するものです。そこにはシニアである我々同世代が共鳴する「あの頃」の時代背景があり、実体験ならではの生々しい「性の現実」があります。懐かしくも妖艶な古き良き官能の世界をご賞味頂ければ幸いです。編集長
【亡き母の面影を求めて愛した年上の女】
S・Y 62歳 大阪府在住
母はわたしが10歳のときに他界した。それからは父親と祖母の手で育てられたが、やはり生みの母の面影を忘れることはできなかった。
母が死んだ理由は過労だった。父親は、ろくに仕事もしない酒好きで、そのうえバクチ好き。生活費に事欠くこととなり、母が遮二無二働いて、なんとか日々をしのいでいた。
自分の責任で女房を死なせてしまった父親は、さすがに人が変わったように働きはじめたがあとの祭りだ。わたしは父を恨み、それが原因となって中学校にあがるころには、グレて不良になっていた。
まともに学校には行かず、それでも高校へは進学した。しかし近辺のワルばかりが集まる工業高校で、1ヶ月もしないうちに通わなくなる。
毎日毎日、同じような連中とつるんで街をのし歩き、カネがなくなると、カツアゲするか祖母にせびる。
祖母は父親の母親であるから、母を死なせた責任がある。そんなふうに考え、恨みや怒りの矛先を向けていたのだ。
そのころ父親は東京に出稼ぎに出ていて、それも祖母につらく接した理由だった。
そんな最低な生活を送っていたある日、いつものように祖母を怒鳴っていたわたしの家に、突然一人の女性が駆け込んできた。
「アンタ! なに偉そうにいうてんのん!」
それは最近、近所に越してきた美奈子という人だった。
「なんやねん、お前」
「お前って……。15、6の、チンポに満足に毛も生えてないガキにいわれる筋合いないわ」
わたしがすごんで見せても、美奈子さんはまったくひるむ様子を見せない。それどころか、床にはいつくばる祖母を抱きあげ、なぐさめはじめる。
「外、歩いてたら、大っきい声聞こえて。なんやろと思てのぞいてみたら、こんなむごいこと」
「ウチのことに口、はさむなや」
「アンタ、ここの子か?」
「そうや」
「ほな、この人はおばあちゃんか」
美奈子さんは憤怒の表情で立ちあがり、いきなりわたしのほほをひっぱたいた。
「お年寄りに手ぇかけるのも最低やけど、自分のおばあちゃん、ひどい目にあわせるやなんて虫けら以下やな! アンタの親を育ててくれた人に乱暴ふるうやなんて、人としてクズ同然や」
わたしは言い返すことができなかった。美奈子さんは、そのまま祖母を連れ、どこかへ出て行ってしまった。
一人残されたわたしは、所在なげに祖母の帰りを待った。しばらくして、祖母を連れた美奈子さんが戻ってきた。
「おばあちゃんのせいやないからな。な、そやからもう泣かんといて」
祖母は美奈子さんの家で一部始終を話したらしい。
「全部、聞いた。あんたの気持ちもわかる。そやけど、亡くなったお母さんは、草葉の陰で泣いてるで」
「あんたに何がわかるねん」
「わたしも人の親や。ほんで、男のせいで身ぃ持ち崩した女や」
わたしに彼女がいった言葉の意味が理解できなかった。けれど、美奈子さんの表情、そして言葉の勢いには、言い返すことのできない力がそなわっていた。
その日から、わたしは祖母に当たるのをやめた。祖母が不憫に思えたからではない、美奈子さんに叱られるのが嫌だったからだ。
その理由は簡単だ。
最初に出会ったときは気づかなかったが、美奈子さんは亡くなった母に面影が似ている。それは、仏壇に掲げられた遺影を見て気がついた。
美奈子さんはホステスとして働いていた。そのためか、40歳半ばという歳のわりには若く見えた。
祖母との一件があって、美奈子さんは夕飯のおかずを届けてくれたり、休みの日にはウチの掃除、洗濯を手伝ってくれたりもしてくれるようにもなった。
そして、わたしのぶらぶらした生活にも口出しするようになる。わたしはうっとうしいと思いながらも口応えができない。それどころか、実の母親に叱られているような気になり、なぜか心地よささえおぼえるようになっていた。
美奈子さんの忠告が功を奏して、わたしは定時制の高校に通いなおし、昼間は工場で働くようになった。それを祖母はよろこび、美奈子さんのおかげだ、と口にするようになっていた。
そんな日が続いた17のとき、いまとなっては理由を忘れたが、美奈子さんの住むアパートを訪ねた。
じつはそれまでにも、美奈子さんの部屋は何度か訪れたことがあった。しかし、その日は、いつもと雰囲気が違っていた。
「どないしたん?」
わたしはたずねる。するといきなり、美奈子さんはわたしに抱きついてきた。
美奈子さんは泣いていた。部屋のちゃぶ台の上には写真が1枚。そこにはほほ笑む美奈子さんと幼い子どもが写し出されている。
「裕也が、裕也がな……」
裕也というのは、美奈子さんが若いときに産んだ子どもらしい。
歳はわたしと同じ17歳。美奈子さんは5年前に夫以外の男に惚れ、家族をおいて駆け落ちをした。だがその男とは2年前に別れ、それを知った前のだんなが、やりなおそうと連絡してきたらしい。
「そやけどな、裕也がな、アンタなんか母親でもなんでもない、もう二度と自分の前に姿見せるなっていうねん」
前の夫はなんとか説得しようとしたが、息子はがんとして聞き入れない。
「わたしのな、わたしのせいやから仕方ないけど、そやけど……」
気丈な美奈子さんが、子どものように泣きじゃくっている。わたしは急にあわれみをおぼえ、美奈子さんを強く抱き返す。すると美奈子さんは顔をあげ、わたしに唇を重ねてきた。
「忘れさせて、お願い」
わたしはあお向けに寝かされた。美奈子さんはわたしの上にまたがり、自分で服を脱ぐ。露出した乳房は垂れてはいるものの、その色合いといいふくらみ加減といい、情欲をわき立たせるには十分だった。
美奈子さんは全裸になってわたしにおおいかぶさり、ズボンと下着をおろした。そして、半ば力のこもっている一物を口にふくむ。いきなりに行為にちゅうちょをおぼえつつも、わたしの身体はすなおに反応をしめした。
いきり立った一物を美奈子さんはしゃぶる。その温かでぬめりのある感触に、わたしはすぐに暴発してしまったのであった。
吐き出された精液を、美奈子さんはすべて吸い取ってくれた。そして、ふたたび咥え直すと、全身を使って刺激を加え、復活させる。
されるがままになるわたしは、そっと美奈子さんの乳房に手を伸ばした。
「もっと、ムチャクチャにして」
そういって美奈子さんは馬乗りになり、わたしを自分の内部に導いたのであった。
それから美奈子さんとわたしの関係がはじまった。
「美奈子さん、オレはアカンかな」
ある日、コトを終えたあと、わたしは言った。
「オレと一緒に暮らすって、アカンのかな」
その言葉を聞いて、美奈子さんはやさしく告げた。
「それを言われたら、別れよと思てた」
わたしはおどろき、身を起こす。
「なんで」
「わたしの目的はアンタの若い身体。情なんかあれへん」
「そんな……、ウソいわんといてくれ!」
「ウソと違う。そやから、きょうでお別れや」
美奈子さんは立ちあがり、さっさと服を身につける。
「さあ、アンタも服着たら、帰って」
「ウソやろ、お願いや、ウソやいうてくれ!」
美奈子さんは冷たい表情でわたしを見おろした。ただ、その目の奥に涙がたまっているのを、わたしは見逃さなかった。
その日は仕方なく家に戻り、次の日、美奈子さんの部屋を訪ねた。しかし、そこはもぬけの殻だった。
美奈子さんがなぜ、ああいって別れを切り出したのかわからない。けれど、真実でなかったことは彼女の涙が物語っている。
それからわたしはきちんと高校を卒業し、働きながら夜間の大学へも通った。苦労は多かったが、辛くなったり、逃げ出したくなったりすると、美奈子さんの叱責が聞こえてきた。
「あんたなにしてんのん。しっかりしぃや!」
10代のときに、母親の面影を求めて年上の女性を愛した青春。もし、母性だけを求めていたら、二人の関係は違ったものになっていたのだろうか。けれど、それでわたしは我慢できたのか。
疑問の残るところでではあるが、いまとなっては確かめるすべもない。
- 【選者紹介】
- 長月タケオ(ながつきたけお)
- 1962年生大阪府出身在住。1988年官能小説誌への投稿でデビュー。
- 1995年第1回ロリータ小説大賞(綜合図書主催)佳作受賞。
- おもな著作『ひとみ煌めきの快感~美少女夢奇譚』(蒼竜社)
- 『病みたる性本能』(グリーンドア文庫)
- 『禁断の熟女』(ベストロマン文庫・共著)
- 『19歳に戻れない』(扶桑社・電子版)
- 『誘惑する女 熟女たちの悦楽』(九月堂・電子版)ほか
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- 誘惑する女 熟女たちの悦楽 長月タケオ短編集
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