Catch Up
キャッチアップ

このコーナーは官能小説家の長月タケオ氏が一般の中高年読者から寄せられた「性の告白」をご紹介するものです。そこにはシニアである我々同世代が共鳴する「あの頃」の時代背景があり、実体験ならではの生々しい「性の現実」があります。懐かしくも妖艶な古き良き官能の世界をご賞味頂ければ幸いです。編集長
【新婚夫婦によって回春した夫婦】
O・M 62歳 千葉都在住
裏のマンションはウチのマンションと、部屋同士が背中合わせになるように建っている。つまり、ベランダに出ると、向こうの部屋のベランダが見えるといったあんばいだ。わたしの部屋は8階にあり、真正面や階上はむずかしいが、見おろす形となれば、案外はっきりと階下の部屋の中までのぞけたりする。
まあ、わたしにその趣味はないし、向こう側も心得たもので、窓をすりガラスにしていたり、カーテンやブラインドで目隠しをしたりしている。
去年の5月の日曜日。天気も良く、ひなたぼっこのつもりでベランダに出てみると、裏のマンションに新しい住民の越してきたようすが見えた。引越し業者が荷物を運び込み、若い二人があれこれ指示を出している。
「新婚さんかしら」
いつの間にかとなりに立っていた女房は言う。
「どうして、それがわかるんだ?」
「だって、荷物が新しそうだし、二人の様子も」
わたしは改めて、部屋をウロウロしている二人を見る。言われてみれば、たしかに人目もはばからず、イチャイチャしているのがわかる。
「恥ずかしげもなく、よくもまあ……」
「あら、いいじゃないの。わたしたちも若いときは」
「そうだったっかな」
「そうよ。忘れたの?」
女房は少し寂しそうな表情でわたしを見た。わたしは思わず視線をそらしてしまう。
「さてと」
女房はそういって部屋の中に戻った。わたしは複雑な気分で女房の背中を見送るのだった。
女房とは大学時代に知り合った恋愛結婚だ。当時、わたしはテニスサークルに所属し、女房も同じサークルに属していた。わたしは卒業すると小さな会社に就職し、女房も教師の仕事に就いていたが26のとき結婚。今にいたっている。
そんな間柄だから、子どもができるまでは、いつまでも恋人同士のような夫婦だった。ケンカもせず、休みの日には必ず二人で出かけ、家にいるときは日がな一日、抱き合っていた。
やがて女房は妊娠。一男一女に恵まれたが、さすがに子どもができると、それまでのようではなくなる。
親としての威厳もあるし、仕事も責任ある立場になると疲労もストレスも増えてきて、休みの日にはゆっくりしたい。子どもたちが幼いころには、遊園地やハイキングなどにも出かけたが、中学生にもなると一緒に出かけることを億劫がる。
そして、40も半ばを過ぎたころには、夜の営みすらまったくなくなってしまったのであった。
それが当たり前だと思っていた。子どもたちは独立し、いまは二人暮らしだが、歳をとると精力は減退するし、女房の方も求めてはこない。だが、この日の女房の表情を見ると、あながちわたしの考えが正しかったとはいえないと思えた。
とはいえ、気持ちがわかったからといって、体力までも改まるというわけではない。勝手な言いぶんで、ピチピチした若い肌ならいざ知らず、還暦を過ぎてくたびれた身体に欲情しない。それに、わたし自身も若いころのような力を発揮できる自信がない。
何も挿入だけが愛情表現でないことくらいわかっているが、いまさら抱きしめたり、口付けを交わしたりすることすら恥ずかしい。そして女房の方も、若夫婦が越してきた日に垣間見せた寂しそうな表情を浮かべなくなっていた。
そんなある日のこと、季節にしては蒸し暑い日。風呂からあがったばかりのわたしは、涼を求めるべくベランダに出ていた。
エアコンをつけるには、まだ早いと思えたし、電気代ももったいない。そんなわたしの視界に、例の若夫婦の部屋が映った。
部屋にはカーテンもブラインドもつけられず、しかも窓は開け放たれている。部屋の照明はこうこうとたかれ、中の様子が丸見えだ。
「お」
のぞく気は毛頭なかったのだが、なんとなく吸い寄せられた視線の先には、二人が床に座って肩を寄せ合っているようすがあった。そして互いの手は、徐々に相手の身体をまさぐりはじめ、やがて、男の方は女を床に押し倒したのであった。
女はショートパンツにキャミソールという、半裸に近い出で立ちだった。男は彼女の衣裳を簡単にはぎ取る。露呈される真っ白で豊満な乳房。男はむしゃぶりつき、女の下半身に手を伸ばす。
「まったく……」
わたしはつぶやいたが、その次の言葉が出ない。そうこうしているうちに、男の方も裸になる。すると今度は女が男の上におおいかぶさり、身体中を舐めはじめたかと思うと、男の股間に顔を押しつける。それが何をしているところなのかは、遠目であってもはっきりとわかる。
「なるほど」
何が「なるほど」なのかわからない。けれどわたしは、何かを言葉にしないではいられない。
やがて男は女を再び押し倒し、ひろがった両脚の間に身体を入れる。男の筋肉質で浅黒い身体と女の白い身体が絡まりあう。
「いいわね、若い人は」
「い、いつの間に」
「さっきからいるわよ。気づかなかったの?」
「え? ま、まあ……」
「それほど熱中してたんだ」
となりに立つ女房は言う。冷静を装っているが、彼女の目は何だか潤みを帯びている。
見るともなしに若夫婦をうかがうと、女が男に馬乗りになって腰を振っている。わたしと女房は黙って、そのようすを見つめていた。そして、女房の吐く息が荒くなっているのにわたしは気づく。わたし自身も、なんだか悶々とした気分になってくる。
わたしは女房に手を回し、肩を抱き寄せた。驚いた表情の女房だが、すぐに妖しい笑みを浮かべる。わたしは引き寄せ唇を近づけようとする。
「だ、だめ、こんなところで」
「ここでなかったらいいのか?」
女房は恥ずかしそうにうなずいた。
「よし、じゃあ」
女房の手を引いて部屋に戻る。そして寝室まで引っ張っていくと、ベッドに押し倒す。
「長い間、ご無沙汰だったな」
「仕方ないでしょ、若くないんだから」
「けど、俺は浮気なんかしちゃいないぞ、一度も」
「どうだか。まあ、女房思うほど、夫もてもせずともいうし」
「バカにするな、こう見えても」
「こう見えても?」
わたしは口をつぐむ。女房は愛らしいとさえ思える微笑を浮かべる。
「いいのよ、浮気の一度や二度。でも」
「でも?」
「浮気は浮気にしておいてね。本気にはならないで。そして」
「そして?」
「必ずわたしのところに帰ってきてね」
その言葉が感情に火をつけた。わたしは女房と口づけを交わし、乳房を、そして陰部をまさぐる。
かすかにせつない吐息を漏らす女房。その瞬間、わたしは彼女と出会ったころの自分になり、女房も学生時代の様子に変貌する。
もちろん、容姿が変わったわけではない。しかし、これまで二人で歩んできたあれこれが心と精神に作用し、60過ぎの肉体であっても、感じ取るのは20歳過ぎの女子大生である。それと同時に、わたしの精力もそのころに戻る。
そそり立つ一物、あふれ出る愛情と欲情。女房を裸にし、身体中をなぞる。女房は身をくねらせ、歓びをあらわにする。
「あん、あなた、ああん……」
「ありがとうな、いままで、ありがとうな」
「なにをいまごろ、こんなときに」
「いや、こんなときでないと」
言えるわけがない。
わたしは感謝の意味も込めて、女房の身体中をなぞり、舐り、ぬぐい、探った。そして、彼女が十分、濡れたところで、己が一物を突き入れる。
「やん……!」
女房は少女のような声をあげる。わたしは興奮し、思うがままに彼女をつらぬき、腰を振る。女房はそのたびに短いよがり声を出し、抱きついてくる。
「あああん、あなた、あなた」
「好きだ、大好きだ」
「やん、あなた」
「きれいだよ、すごく」
「うん、ダメ、もう、やああん、だめぇ!」
女房は達する。わたしも同時に果てる。その途端、体力ももとに戻るが、女房は本当にきれいだと思わせるイメージのままだった。
その後、わたしたちは何かにつけてベランダに出るようになった。
「ちょっと、あなた、ホラホラ」
「どれどれ」
若夫婦が何かをはじめると、わたしたちは互いを呼び合う。
「おお、きょうは裸にエプロンか」
「わたしも、してみようかしら」
「いや、それだけはちょっと」
「なによ、あんな小娘には負けないわよ」
いたずらに笑う女房。その後、寝室へ。
こんなふうに、一度は枯れかけていた春情が最近は復活をとげた。これもあの若夫婦のおかげだと思い、礼でも言いにいくかとわたしが提案すると、女房にたしなめられた。たしかにその通りで、けれど、わたしはいまの生活に満足している。女房と二人きりで生きる残りの人生が、より充実したものになったと自画自賛しているきょうこのごろだ。
- 【選者紹介】
- 長月タケオ(ながつきたけお)
- 1962年生大阪府出身在住。1988年官能小説誌への投稿でデビュー。
- 1995年第1回ロリータ小説大賞(綜合図書主催)佳作受賞。
- おもな著作『ひとみ煌めきの快感~美少女夢奇譚』(蒼竜社)
- 『病みたる性本能』(グリーンドア文庫)
- 『禁断の熟女』(ベストロマン文庫・共著)
- 『19歳に戻れない』(扶桑社・電子版)
- 『誘惑する女 熟女たちの悦楽』(九月堂・電子版)ほか
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- 誘惑する女 熟女たちの悦楽 長月タケオ短編集
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