Catch Up
キャッチアップ
このコーナーは官能小説家の長月猛夫氏が一般の中高年男性から寄せられた「性の告白」をご紹介するものです。そこにはシニアである我々同世代が共鳴する「あの頃」の時代背景があり、実体験ならではの生々しい「性の現実」があります。懐かしくも妖艶な古き良き官能の世界をご賞味いただければ幸いです。 編集長
【新入社員時代の過ち】東京都在住T・Iさん(69歳)
わたしがまだ新入社員のころ、同じ課の事務員に豊子という女がいた。歳は37歳。事務服の似合う、非常に地味なタイプの女だった。
ツヤのない長い髪を束ねて垂らし、度の強いメガネをかけて化粧は薄め。いつも帳面とにらみ合いながらソロバンをはじいていた。
男性社員はだれも豊子を相手にせず、わたしと同じときに入社した若い女の子ばかりをちやほやしていた。そして豊子は日がな一日、だれと口をするわけでもなく、淡々と仕事をこなす毎日を送っていた。
そんな彼女の隠れた魅力に気づいたのは、社員旅行のときだ。
その日、豊子は薄手のブラウスとひざ下丈のスカートといういで立ちだった。色使いも地味で、旅行中もいるのかいないのかわからないほど静か。
けれど、そんな豊子を見て先輩社員がいった。
「あの子、意外と胸がデカいんだな」
その言葉で、わたしは改めて彼女を見た。たしかに、ふくらんだ乳房が、ブラウスのボタンをはじき飛ばしそうなほど盛りあがっている。
それによく見ると、メガネの向こうのひとみは小ぶりながらも色っぽく潤い、まつ毛も長い。唇の横にある小さなホクロが、なんとも色っぽいアクセントを添えている。
わたしは急に豊子のことが気がかりになり、その日から、仕事中に彼女の観察をはじめた。
仕事に疲れてメガネをはずす瞬間をうかがえば、派手さはないが清楚な面立ちをしている。口紅をつけないから唇の印象は薄いが、それでも肉厚があり、縦じわが多い。
しわの多い唇をした女は、アソコの具合がいい。そんなことを、だれかに聞いたことがある。
長袖のブラウスにふくらはぎ丈のスカート、厚めのストッキングにハイソックス姿だから素肌はなかなかお目にかかれないが、それでもかいま見える部分の艶はよく、色も白い。
「コレはひょっとして」
そう思ったわたしは勇気を振りしぼって、退社前、彼女に声をかけたのだった。
「よかったら、お茶でもどうですか?」
「え?」
豊子は驚きの表情でわたしを見た。
「いや、ソロバンがすごくおじょうずでしょ。ボク、ソロバンは苦手で。課長から教えてもらえっていわれたんです」
「ということは、お仕事の延長ですか?」
「まあ、そうなりますかね。で、時間の都合とか、打ち合わせがしたくって」
「それなら、お引き受けします」
でたらめだ。上司から、そんなことをいわれてはいない。けれど、堅物の豊子を誘い出すのに、ほかの考えは思い浮かばなかった。
終業後、わたしたちは駅前の喫茶店に入った。
豊子は、目の前に置かれたコーヒーに口をつけようとはしなかった。わたしが理由をたずねると、コーヒーはきらいだという。
「じゃあ、どうして」
「こんなところで頼むものなんて、コーヒーしか知らなくて」
喫茶店に入るもの初めてだと、消え入るような声で豊子はいった。
雑談の中で、豊子は一人でアパートに暮らしているという。それなら部屋で実際に教えてくれ、とわたしは頼む。
「わたしの部屋で、ですか」
「ほかにどこがあるんです」
「会社じゃダメなんですか?」
「ボクも忙しいし、豊子さんもお忙しいでしょ」
わたしは、わざと彼女を下の名前で呼ぶ。ちょっとしたことだが、彼女のわたしに対する反応が変わったのはたしかなようだった。
豊子の部屋は、カラフルなカーテンや置物、ぬいぐるみで飾られ、とても四十路前の行かず後家の部屋とは思えなかった。
テーブルをはさんで、わたしはソロバンの実習を受けた。けれど、わたしにとってはどうでもいいことだ。
私服の豊子が身を乗り出せば、実った胸乳がテーブルに押しつけられ、近くに寄れば甘い香りが鼻をくすぐる。
「ここ、どうしてもわからないんだけど」
「え? どこどこ」
「ここ、横にきて教えてもらえませんか」
「もう、しょうがないわね」
お互いの時間を共有するうちに、豊子は姉さんぶった態度を取るようになっていた。そして、わたしのとなりに座ると、身体を密着させてくる。
「脈あり!」
そう思ったわたしは、まじまじと豊子の顔をながめた。
「な、なに、見てるの?」
恥ずかしそうに豊子はいう。
「いや、こうして見ると豊子さん、きれいだなぁって」
跳ねるように豊子はその場を退き、うろたえながら言葉をつむぐ。
「じょ、じょ、冗談、いわないで」
「本当ですよ。じつはボク、豊子さんのことが」
「ダメ」
「どうして?」
「歳が離れすぎてる」
「関係ないでしょ。それとも、豊子さんはボクのこと……」
豊子は、おびえと悲しさをまぜ合わせたような表情で、わたしを見た。
「でも、わたしは……」
「豊子さん」
「はい?」
「結婚してください」
「え!」
「初めて見たときから思ってたんです」
「ウソ、冗談、わたしなんか」
「あなたの魅力に、だれも気づかないのか不思議です。それはきっと、ボクと一緒になるために隠されていたものなんです」
「わ、わ、わ、わたしなんか」
わたしは豊子に近づきメガネを取った。思った以上に澄んだひとみと、整った顔つきがわたしの情欲をたぎらせる。
「豊子さん」
「いや、やめて」
そういいながらも、豊子はかたくなな抵抗を示さなかった。
わたしは彼女を抱きしめる。豊子は覚悟を決め、目を閉じる。わたしは唇を重ねて胸に手を伸ばす。乳肉はブラウスの上からでも、はっきりとわかるほどボリュームに満ちている。
わたしはゆっくりと豊子の服を脱がした。彼女は、小刻みに震えている。
「すごくきれいですよ、豊子さん」
わたしは豊子を全裸にむき、床の上に横たわらせる。そして、わたしも裸になり、豊子の胸や陰部をまさぐり、準備が整ったのを見計らって、勃起した一物をめり込ませたのだった。
豊子は処女だった。終わったあと、豊子の目に涙がにじんでいた。
それからわたしは、毎日のように彼女の部屋を訪れて肉体をむさぼった。豊子も性の歓びをおぼえ、上に乗ったり、後ろからせがんだり、生理のときなどは口で最後まで面倒みてくれた。
けれど、そんな豊子にわたしは飽きをおぼえはじめた。
結婚話で釣りはしたが、もとからそういう意思はない。胸や肌艶やアソコの具合はよくても、やはり年上の地味な女では連れて歩くのもみっともない。
しかし、豊子は本気だった。ある日、いつものようにコトを終え寝そべっていると、わたしの胸に顔を押し当てていった。
「今度、田舎の両親が出てくるの。会ってくれるわよね」
このとき、わたしは関係を清算しようと決心した。
「いや、会えない」
「どうして?」
「結婚なんかしたくない」
「え? でも……」
「今はまだ一人がいいんだ」
「でも、でも、でも……!」
「潮時かな。十分楽しんだし」
わたしはそういって立ちあがり、服を着た。
「どこへ行くの?」
「帰るんだよ」
「終わりなの? さよならなの? 二度とここにはきてくれないの?」
「たぶん」
「きらいになっちゃったの!」
わたしは、何もいわず部屋を去った。ドアの向こうから、豊子の号泣する声が聞こえてきた。
次の日、豊子は会社を休んだ。そのまま退社し、だれに挨拶もせず姿を消した。わたしは、思ったよりもすんなり別れることができて安堵した。
だが1週間が過ぎたとき、警察がわたしを訪ねてきた。なんでも豊子が自殺し、遺書にわたしへの恨みつらみが記されていたらしい。
「まあ、事件性はないんですが、念のため」
「で、豊子は?」
「亡くなりましたよ」
わたし愕然としてしまった。
若気の至りといえ、一人の女性をそこまで追い詰めたことにわたしは自分を責めた。いまでも豊子のことを思い出すと心苦しくなる。
- 【選者紹介】
- 長月タケオ(ながつきたけお)
- 官能小説家。一般人の中高年男性への取材を通して市井の赤裸々な性のエピソードを紡ぐ。
- 1962年生大阪府出身在住。1988年官能小説誌への投稿でデビュー。
- 1995年第1回ロリータ小説大賞(綜合図書主催)佳作受賞。
- おもな著作『ひとみ煌めきの快感~美少女夢奇譚』(蒼竜社)
- 『病みたる性本能』(グリーンドア文庫)
- 『禁断の熟女』(ベストロマン文庫・共著)
- 『19歳に戻れない』(扶桑社・電子版)
- 『誘惑する女 熟女たちの悦楽』(九月堂・電子版)ほか
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- 誘惑する女 熟女たちの悦楽 長月タケオ短編集
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