このコーナーは関西在住の女性ライター・法善寺灯子さんに関西のシニアの皆様の魅力を語っていただくものです。関西流の笑いと人情味溢れるシニアの生き様はきっとこの世知辛い浮世に一筋の光を与えてくれるでしょう。関西のオジ様とオバ様とお爺さまとお婆さまと、おとんとおかんのパワーが皆様の健康とご長寿の活力になることを切に願います。

編集長

【歌門来福「ワインレッドのオッサン」の巻】

寒い。ものすごく寒い。みなさん、温かくしておられますでしょうか。

さて、ここしばらく、とても気になっていることがある。それは「ワインレッドのオッサン」についてである。

少し前まで、週に一度、午後１９時ぴったりに、事務所の前の道からギーコギーコという古ぼけたチャリンコの音とともに

「♪いーま以上～それ以上～愛されるーのにぃ♪」

と、こぶしが利いた「ワインレッドの心」が高らかに聴こえていたのだ。私の事務所は治安的にあまりよろしくない場所にあり、ワンカップ大関なオヤジがガンを飛ばす姿もザラに見る。「ワレいてまうぞワレ」と見えない敵と戦っている方も見たことがある。そんな場所なので、「ワインレッドの心」を明るく歌うオッサンは、迷惑どころか癒し。事務所の社長は、

「おお、来た来たワインレッドが。夜７時か。あと２時間くらい頑張るか……」

と、彼の歌声を時計代わりにしていたほどだ。

ところが、その日は突然やってきた。いつもの通り

「♪いーま以上～そぉれ以上～」

オッサンの声が聴こえてきたのだが、なんということでしょう。間髪入れず

「やかましいんじゃ黙らんかいワレ！！」

違うオッサンの怒号が聞こえ、歌声がピタッと止まった。そして、その日を境にワインレッドの歌声は聴こえなくなってしまったのである。

寂しい。今頃どうしているのだろうか。そりゃ深夜に毎日歌われたら腹も立つけれど、週に一回、１９時なんだから許してやってよ！ 今さら、しかも心の中でオッサンをかばってもどうしようもないのだが、日に日に切なさが増してくる。

勝手に、六畳くらいの和室で背中を丸めて泣いているオッサンを想像する。

「ええやんけ歌うくらい。そんなに怒鳴らんでもええやんけ……」

エエ曲やん、エエ曲やんかと泣きじゃくりながらワンカップ大関を傾け、テープレコーダーのスイッチを押すオッサン。すると、若い頃から繰り返し聴きすぎて、伸びて玉置浩二の声がボワボワになっている「ワインレッドの心」が流れる……。

ああ、そんなシーンがありありと想像できて、胸が痛い苦しいツラい！

頭を抱え悶える私を見かねたのか、社長があっさりとこういった。

「案外、他の場所を見つけて今日も歌っとるかもしれへんで」

そ、そうか！

今日もどこかで１９時に、マスクでちょっと声が籠もった、演歌調のワインレッドの心が響いているかもしれない。もしくは、コロナでおうち生活を送っているだけでありますように。いやいや、知らんオッサンがここまで気になる歌の力、素晴らしい！

【法善寺灯子さんのプロフィール】

関西在住ライター。性別：女性。好物は串カツとお好み焼きのブタ玉。兵庫、大阪、京都、奈良、三重、滋賀などフットワーク軽く駆け回り、愛すべき関西の面白ネタを探す。