Catch Up
キャッチアップ
この官能小説は、現在50代から60代の方々の若かりし時代を舞台背景にしています。貧しかったけれど希望に満ち溢れていたあの頃、そこには切なくも妖しい男と女の物語が今よりも数多く存在しました。人と人とが巡り合う一瞬の奇跡、そこから紡がれる摩訶不思議な性の世界をお楽しみください。 編集長
【追い出された女との束の間の同棲生活】長月猛夫
雨が降っていた。秋雨だ。その日までの暑さがウソのように、空気に冷たさがよどんでいた。
赤い公衆電話が、シャッターを下ろしたタバコ屋の前に備えられていた。受話器が外れて垂れさがり、らせんを描いたコードが地面の近くまで伸びている。
その前に、女はうずくまって泣いていた。
鈍色をした遅い午後。篠突く雨のせいか人影はない。女のワンピースが濡れ、背中にぴったりと張り付いている。
前田は女に傘をさしかけた。女は顔をあげて前田を見る。涙と雨でアイシャドーが落ち、上野にやってきたパンダのように目の回りが黒く染められている。
美人ではない。けれど愛嬌のある顔をしている。
前田はそれだけを確かめると、傘をその場において駆け出した。
ところどころが錆びて赤茶けた階段をのぼり、前田は自分の部屋に入る。どしゃ降りの中を走ったので、濡れネズミ状態だ。
タオルで髪をぬぐい、着替えを出す。下着までびっしょりで、全裸になって全身をふく。
「まいったなぁ」
身体が凍えている。すぐにでも湯につかりたいが、四畳半一間の部屋に風呂はない。銭湯は開いているはずだが、1本しかない傘を置いてきた。
「でも、あの子……」
どうして泣いていたのか? 失恋でもしたのだろうか?
年齢は二十歳そこそこ。前田よりも、少しだけ年下のようだ。
前田は女の容姿を思い返す。
目は大きくぱっちりとしている。鼻や唇は小さくて、幼さが残っていた。スタイルは豊満で、胸のふくらみは大きい。
「まあ、二度と会うことはないだろうけどな」
気分が落ち着いてくると、よけいに寒さが感じられる。とはいえ、唯一の暖房器具であるコタツを引っ張り出すほどでもない。
「ハックシュン!」
前田はくしゃみをする。
ここ数日の雨で日雇いの仕事にあぶれている。風邪を引けば米を買うカネも底をついてしまう。
窓を開けて確認すると、雨は小降りになっていた。銭湯まで走って行けないことはない。
「よし!」
石けんとタオルを用意し、Tシャツにジーパン姿の前田はサンダルばきで部屋を出る。雨は時間がたつごとに勢いを弱め、銭湯につくころには、すっかりあがっていた。
広い湯船につかって温まった前田は、筋肉と気持ちのほぐれを得る。銭湯から出ると日はとっぷりと暮れていて、流れる雲の切れ間から煌々と輝く満月が顔をのぞかせていた。
前田は鼻歌を歌いながらアパートへ歩を進める。途中の自動販売機でビールを買い、その時にタバコを切らしているのに気づいた。
買って帰ろうと思い、タバコ屋へ向かう。すると、店の前でたたずむ人影を見つけた。
「あ……」
前田は小さく声をあげる。人影は傘をさしかけた女だった。
前田を見つけた女は、笑みを浮かべて近づいてきた。
「さっきはありがとうございました」
服は濡れたまま。肩より少し長い髪の毛から滴がしたたっている。
「傘、助かりました」
「助かりましたって……、帰らなかったの?」
「はい。帰っちゃえば傘が返せません」
「それは、そうだけど。オレが戻ってくると思ったの?」
「う~ん……、わかりません。わかりませんけど、ほかに方法がないし」
屈託のない表情で女はいう。
「でも、戻ってきてくれた。はい」
女は傘を差しだした。受け取りながら、前田は改めて女を見た。
背は低い。二十歳くらいだと思ったが、もう少し若いかもしれない。安物の化粧品を使っているのか、濡れた顔がまだらになっている。
「クシュン」
突然、女は小さくくしゃみをした。
女と出会って部屋に戻り、銭湯に入ってビールを買い、タバコを買いにくるまで2時間近くがたっている。その間、女はずっとここで前田を待っていた。
傘をさして雨をしのぎ、その雨がやんだとしても身体は冷え切っているだろう。
「早く帰って風呂に入った方がいいよ。風邪ひくよ」
前田がそういうと、女は困った表情を浮かべる。
「帰る家がないんです」
「え?」
「追い出されちゃったんです。彼に」
最初は気づかなかったが、タバコ屋の軒先にボストンバックが置かれてある。女の荷物が詰まっているのだろう。いろいろわけがありそうだが、関わるのも躊躇する。
1年前まで、前田は大学に籍を置いていた。だが、街で知り合った年上の女と暮らすために、それまでの下宿屋からアパートに引っ越した。
女はバーのホステスで、生活費を賄ってくれた。しかし、学生の前田と夜の仕事の女とでは生活のリズムが食い違ってくる。
やがて女は男を作って部屋を出て行った。失意の前田は、それでも生活費を稼ぐために日雇いの仕事をはじめ、いつしか学校から足が遠のいた。
そんな過去があるので、しばらく女はこりごりだ、と前田は思っている。だが、目の前にたたずむ女はいう。
「お着替えだけでもさせてもらっていいですか?」
「着替え?」
「はい、お洋服がびしょびしょなので」
着替える程度なら大丈夫だろう。まさか、そのまま居座ることはあるまいし、居座ってもらっても困る。
「ま、まあ、それくらいなら」
「わあー、ありがとうございます」
女は飛びあがってよろこぶ。
「わたし、みぃていいます」
「みぃ? あだ名?」
「いいえ、美しいに以上の以で美以。あなたは?」
「前田」
「前田さんはいい人ですね」
美以は満面の笑顔でいった。
「もういいですよ」
部屋の中から美以が声をかける。着替えの間、外で待っていた前田は扉を開けて中に入った。
美以のいでたちはホットパンツに白いTシャツ。シャツの裾は長くてパンツを隠し、まるで下に何もはいていないように見える。むき出しの太ももはむっちりと実り、艶やかな光沢を放っていた。
「顔も洗わせてもらいました」
美以はいう。素顔は想像以上に愛らしい。そして前田の心中を穏やかにしないのは、胸元から下半身にかけての空間。豊かな胸乳がシャツを盛りあげ、裾を広げている。
常にくすんだ空気の漂う前田の部屋が、薄い花びら色に染まっていた。甘い香りが充満し、すえた男の肉臭を駆逐する。
首をかしげて濡れた髪をふく美以は、前田に視線を送ってほほ笑みを向けた。
「さ、寒くないの……?」
前田は、ようやく言葉をつむぐ。
「はい、寒いです」
「風呂、ないよ」
「じゃあ、温めてください」
「え?」
「温めてください。前田さんはいい人だから大丈夫です」
美以は両腕を広げて前に伸ばす。前田は、その様子を見つめる。
少し、頭が足りないのかも知れない。だが、僥倖には違いない。まさか、抱きしめるだけで終わりだとは、美以も思っていないだろう。
「い、い、いいの?」
「はい」
美以ははっきりと答える。
「じゃ、じゃあ」
前田は美以の腕の中に身体を預け、しっかりと抱擁した。
美以は前の肩にあごを置く。少し冷たい体温が、前田の皮膚に染み込んでくる。
「前田さんは、やさしくていい人ですよね」
美以はささやく。
「わたし、美以はやさしい人が大好きです」
前田は美以を離してたずねた。
「いいの?」
美以は微笑を浮かべてひとみを閉じる。前田は恐る恐る顔を使づけ、唇を重ねた。
そのまま前田は美以に体重をかけて押し倒す。あお向けになった美以は、首を横に向けて口を固く閉じた。
シャツをまくると、下着はつけていなかった。前田は乳白色の肉丘を舌でなぞり、小粒の乳首を舐める。へこんでいた胸頂は前田の吸い付きで勃起し、肌がかすかに薄く紅潮しはじめる。
美以は唇を噛んで声をこらえる。前田は美以のパンツをずらし、下着の中に手を入れる。
「やん」
前田の指が閉じた肉裂にたどり着いたとき、美以は甘い声を漏らした。
「そこ、感じちゃう」
「じゃあ、こうすれば……」
裂け目をなぞり、中指の第一関節をめり込ませる。
「やあん、だめ」
「ダメなの?」
「やん、いじわる、いわないでください……。あん、だめぇ」
指の数を2本にして抜き差しをする。蜜があふれてぢゅぷぢゅぶと音を立てる。
「だめぇ、恥ずかしい」
美以は身をよじって歓喜をあらわにした。前田は美以の下半身をあらわにし、自分も着ていたものを脱ぐ。
重なり合えば、互いが同じ温度に保たれ、幸せの度合いが増す。前田はふたたび美以の唇をふさぎ、怒張した一物を股間の入り口にあてがった。
「きゃん!」
子犬の尻尾を踏んだときのような声をあげ、美以は奥まで届く貫きを受け止める。小さな口を開けて並びのいい歯を見せ、舌先をのぞかせながら喘ぎ声を出す。
ハイトーンで鼻にかかった甘えた声は、前田の興奮を昂らせた。前田は自身の全部を包む美以のぬるみと襞のまとわりつきを感じとりながら抜き差しをくり返す。美以が感極まると、筒の締めつけも窮屈になる。
「いいよ、すごく気持ちいい」
「いいですか? 美以の中は気持ちいいですか? やあん、美以もいい! すごくいい! やああん、変になる、美以、変になっちゃう!」
美以は達する。しばらくして前田も頂点を知る。果てる瞬間に内部から抜き取り、白濁の精液を美以の下腹にぶちまけた。
その日から、二人の暮らしがはじまった。美以は朝食を用意し、掃除洗濯をこなし、前田が仕事から帰ってくるのに合わせて夕食も用意した。
温かな幸福が前田に浸透し気持ちを軽くする。
銭湯には一緒に出かけた。美以は長湯で、前田が風呂屋の前で待つ。
「歌の文句みたいだな。まあ、待たされてるのは逆だけど」
そんなことをつぶやきながら、前田は苦笑する。
前田は毎晩のように美以を求め、美以もよろこんで応じてくれる。美以の身体は、なじむほどにとろけるような湿潤をにじませ、前田がせわしないグラインドをあたえると、全身を覆った脂がやわらかく波打つさまを見せつける。
「前田さん、美以といつまでも一緒にいてくれる?」
「もちろん」
「よかった。じゃあ、プレゼントがある」
美以はそういって身を起こし、ボストンバッグの中を探った。
「あれ? ないなぁ」
「どうしたの?」
「美以の大切なもの。家を出るときにおばあちゃんが持たせてくれたの。大切な人にあげなさいって」
「いいよ、そんなの」
「だめです」
美以はほほをふくらませる。
「忘れたのかなぁ。取ってくる」
「前の男の家か?」
「うん」
「それはダメだ」
「どうして? 美以のこと疑ってるの。悲しいな」
寂しげな表情を浮かべる美以に前田は、それ以上の言葉を伝えることができなかった。
「すぐに帰ってくるからね。美以を信じてね」
それが美以の残した最後の言葉だった。
美以は荷物を置いたまま、戻ってはこなかった。
前田は探そうとしたが、心当たりは皆無だ。毎日、タバコ屋の前の公衆電話を訪ねてみても美以の姿はない。
「いったい、どこへ行ったんだよ……」
秋が深まり、金木犀の花の香りが漂ってきた。前田は、少しずつでも美以のことを忘れようと努めた。
そんなある日、現場を終え、とぼとぼと家路を急ぐ前田の前にアベックが腕を組んで歩いていた。
女は美以だった。
「ところでさ、お前、どこへいってたんだよ」
「いい人のところ」
「だれだよそれ」
「内緒」
前田は立ち止まる。二人の姿は、夕暮れ迫る薄い闇の中に消えていった。
- 【長月猛夫プロフィール】
- 1988年官能小説誌への投稿でデビュー。1995年第1回ロリータ小説大賞(綜合図書主催)佳作。主な著作『ひとみ煌きの快感~美少女夢奇譚』(蒼竜社)/『病みたる性本能』(グリーンドア文庫)/『19歳に戻れない』(扶桑社・電子版)ほか。
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