※はじめに

この連載は中高年の皆様に素晴らしき日本の性文化への憧憬をさらに深めていただくために、東京・吉原に書店を構える「カストリ書房」の店主・渡辺豪氏に毎回、お勧めの本や雑誌を紹介いただくものです。

カストリ書房は遊郭専門書店として2015年に誕生し、店主の渡辺氏は自らも遊郭、赤線、青線があった地域を巡って聴き取り調査や取材を行なっており、これまでに訪れた場所は約500箇所。現在も書店を運営する傍ら様々な日本の性文化に関する文献の考察やイベントを行なっております。

夕やけ大衆では、そんな渡辺氏が未来永劫残したい「性書」を厳選してご紹介いたします。さあ皆様、知識と誘惑の扉を開いてみましょう。

〈夕やけ大衆編集長より〉

第８回『戦後のあだ花　カストリ雑誌』渡辺豪著（三才ブックス）

敗戦によって言論統制が解かれると、にわかに沸き立ってきたのがエロジャンルである。

着るものはおろか、食べるものにもろくにありつけないご時世で、エロに飛びついてしまう男のサガに呆れてしまうかもしれないが、こうした状況だからこそ、「性」によって「正」を実感しようとしたのかもしれない。

昭和20年代前半に発行された薄っぺらなエロ雑誌を総称して俗に「カストリ雑誌」という。

本文32ページ内外、表紙には鮮やかな原色を用い、女性の艶な姿態が飾っていることが多い。こうしたエロ雑誌が2,000とも4,000種類とも発行されたと言われているが、混乱期の発行物ということもあって総体が整理されておらず、いまも〝エロ本史の空白地帯〟となっている。

中身は戦争未亡人やストリッパーとの不義密通、猟奇事件、国内外の性風俗などを興味本位で扇情的に扱っているが、構成物は活字と数点の挿絵程度であり、グラビア写真はわずかに過ぎない。

恐らく現代人がカストリ雑誌を眺めたとしても、劣情を催すような〝実用性〟は低いものだ。

だが、爆発的に売れた。

カストリ雑誌の代表格とされる『猟奇』（昭和21年10月発行）は、創刊号として２万部印刷したが、地方からリュックを背負って買い出しに来ていた書店主たちが飛びつき、たった２時間で売り切れてしまった。

この『猟奇』は戦後初の発禁作品でもある。正確に言えば、戦後は内務省による検閲制度は消滅していたため、厳密な意味では発禁つまり発行禁止処分には当たらないのだが、代わって警察による証拠物の押収という、実質的な強制力があった。

『猟奇』３号に掲載された「H大佐夫人」（北川千代三・作）が、戦後初の発禁作品である。気になる内容は、次の通り。

19歳の青年が敗戦末期に疎開した邸宅で、そこに住む陸軍大佐と悩殺的な美しさを持つ夫人とが、浴室で交情する二人の姿態を覗き見する。後日、大佐の出掛けた隙に、青年は婦人と入浴する機会を得、それがきっかけで夫人と関係を持つ。そして、小説は次のように締めくくっている。

「夫人に対する愛慕と、灼くが如き情熱は今尚私に続かせているのです。しかもＨ大佐は既に戦犯として絞首刑に処されて此世を去ったのですから、私と美根子夫人は堂々と新世界に愛情生活の極地を展開できるのです」

本書は、『猟奇』を含むカストリ雑誌の貴重な創刊号の表紙を集めたもの。カストリ雑誌は国会図書館を始めとした公共図書館や、大学図書館にも所蔵がほとんどない。そうした貴重なカストリ雑誌のなかでも、さらに貴重な創刊号を収録。

「H大佐夫人」も再録している。戦後に生きた男たちの鼻の下を延ばした当作品、ぜひ味わって欲しい。

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『戦後のあだ花　カストリ雑誌』渡辺豪著（三才ブックス）

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